4月30日の木曽路散策の続きです。

 第一回目、奈良井宿の様子はこちらです:
 https://ameblo.jp/shanehashi/entry-12740994297.html






2時間ほど奈良井宿を散策し、11:26発の普通列車で木曽平沢に向かいました。
奈良井の散策は、ちょっと慌ただしい感じで、もう少し居たかったのですが、中央西線の普通電車が日中はほぼ2時間おきなので、なかなか思うようにはいきません。

一駅、4分程乗った木曽平沢で下車しました。




木曽平沢も駅前を旧中山道が通り、その両側に集落が出来ています。



江戸時代、ここには宿場がありませんでしたが、近年木曽漆器の産地として知られているようです。
高台にある駅から、階段を下りて集落へと向かいました。



重要伝統的建造物群保存地区にも指定されているのですが、集落の様子は比較的近年の建物のようです。



しかし、家々はほぼすべてといっても過言ではないほど、漆器のお店が続いていました。



他に町を歩く人もいないようで、食事を摂るところも見当たりません。
お昼を食べ損なってしまうか、と不安に思い始めましたが、集落の外れの国道沿いに一軒蕎麦屋さんがあって、事なきを得ました。

その蕎麦屋さんから集落に戻る途中、鯉幟を見ました。
最近、なかなかこうした鯉幟を見ることが出来ません。



木曽平沢では、少々時間を持て余し、13:29の電車で木曽福島方面に戻りました。



次の目的地は、宮ノ越です。


ここは木曽義仲が育った地で、ここで平家討伐の旗揚げをしています。



駅前には、花桃が綺麗に咲いていました。
駅前の道を進み、木曽川を渡ります。



この先に義仲館という資料館があり、その建物の前に木曽義仲と巴御前の像がありました。



平氏との戦に勝ち、平氏を京から追い出した義仲ですが、猜疑心が強く権力の亡者だった頼朝に討たれてしまい、悲劇の一生を終えています。


その木曽義仲の菩提寺が、義仲館の先にある徳音寺です。



立派な山門をくぐり境内に入ります。
霊屋にある木曽義仲の像を拝んで満足してお寺を辞しましたが、本堂の裏の山の中腹に、木曽義仲と巴御前のお墓があるのに気が付かずに訪れなかったのは、残念でした。
またいつか此処を訪れてみたいと思います。

徳音寺からは、木曽駒ケ岳に続く山並みが見えていました。




再び木曽川を渡り、宮ノ越の集落に入りました。
川を渡った先の旧中山道を右手に折れると、宮ノ越宿のあった辺りで、本陣跡がありました。



本陣は何度か火災に遭っていますが、1883年(明治16年)の大火で主屋が焼けてしまいましたが、客殿が残っています。

客殿を訪れた後に、宮ノ越の宿場跡から北に向かい、木曽義仲が旗揚げをした旗挙八幡宮に向かいました。
集落から少し上った高台にあります。



田圃の向こう、一段低い所に中山道が通り、木曽川が流れています。

旗挙八幡宮は小さな祠の神社でした。
古い大きな欅が歴史を物語っています。




この神社の脇に、木曽義仲の館跡がありました。



この先には古代からの歴史のある南宮神社もありました。




宮ノ越の散策をこれで終え、15:48発の中津川駅行の電車に乗りました。
この電車を中津川まで乗って、快速電車に乗り継いでも名古屋に帰れますが、木曽福島で下車し、30分後に特急「しなの」に乗り継げば、多少の散策時間があります。

木曽福島駅前の観光案内所で聞いてみましたが、駅近くに見どころはなく30分ではあまりにも時間が足りなさそうでしたので、ここの散策も後日にまたトライしてみようと思います。

木曽福島から乗車した特急「しなの18号」です。



歩き疲れたのか、帰路は心地よい列車の揺れもあり、車内ではうたた寝していました。

今回の旅の様子は、後日に本編のホームページで詳しく紹介しようと思います。

 

 

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