去年の12月25日から久しぶりに泊りがけの旅行に行っていました。
行先は、宮崎でした。
今まで、全国各地のお城巡りをしてきましたが、宮崎県のお城だけはそれまで行った事が無く、47都道府県目のお城巡りになりました。
今まで、全国各地のお城巡りをしてきましたが、宮崎県のお城だけはそれまで行った事が無く、47都道府県目のお城巡りになりました。
今まで、九州に行くとなると新幹線の旅でしたが、関西からは九州各地に向かうフェリーがいくつか出ていて、神戸港から宮崎行のフェリーもあり、今回はそれに乗りました。寝ている間に目的地に着けるというのも魅力ですし、3か月前にチケットを購入すれば、格安の料金で利用できます。
今回は、行きが6,000円、帰りが8,500円。これがB寝台車とほぼ同じつくりの二等寝台での値段です。
寝ている間に移動できるという点からは、全滅状態になってしまった、寝台列車が復活しないかと、切に思います。
今回は、行きが6,000円、帰りが8,500円。これがB寝台車とほぼ同じつくりの二等寝台での値段です。
寝ている間に移動できるという点からは、全滅状態になってしまった、寝台列車が復活しないかと、切に思います。
12月25日、時間があったのでポートライナーで神戸空港まで往復した後に神戸港に向かいました。
夕暮れの神戸港に停泊する宮崎フェリーは絵になりました。乗船して眺める神戸港の夜景も素晴らしかったです。
出航後、神戸の夜景を眺め、遠くに明石海峡大橋を望みながら紀伊水道を航海して行きました。
翌26日、目覚めると宮崎は雨。
この日の予定は穆佐(むかさ)城と高岡城に行き、その後美々津に向かうというものでした。しかし雨脚も強く、山城には行けなさそうだったので、予定を変更し、宮崎神宮、皇宮神宮に向かいました。
翌26日、目覚めると宮崎は雨。
この日の予定は穆佐(むかさ)城と高岡城に行き、その後美々津に向かうというものでした。しかし雨脚も強く、山城には行けなさそうだったので、予定を変更し、宮崎神宮、皇宮神宮に向かいました。
宮崎神宮の杜は深く、社殿もとても厳かな佇まいでした。
宮崎神宮も皇宮神宮も、伝説の人物とされる神武天皇ゆかりの神社です。
そして、この後に向かった美々津も神武天皇が大和に向かって船出した出航の港という伝説が残るそうです。
そして、この後に向かった美々津も神武天皇が大和に向かって船出した出航の港という伝説が残るそうです。
今まで、記紀に書かれていた神話は、事実ではないと考えていましたが、各地にこうした伝承が残っているという事は、神話の基になった実際の人物が居たのか、と思うようになりました。
美々津の古い町並みです。
美々津は神武ゆかりの地ですが、江戸時代から明治にかけて廻船問屋の集落が残り、重要伝統的建造物群保存地区に指定されています。
美々津で2時間半程散策し、次に向かったのは高鍋です。
この日はお城巡りは出来ないと半ばあきらめていましたが、高鍋駅 15:30発のバスを見つけ、少々慌ただしかったのですが、高鍋城を訪れる事が出来ました。
この日はお城巡りは出来ないと半ばあきらめていましたが、高鍋駅 15:30発のバスを見つけ、少々慌ただしかったのですが、高鍋城を訪れる事が出来ました。
高鍋城は小高い山の上に中世の山城があり、その中腹から麓にかけ江戸時代に高鍋藩の政庁となった高鍋城が築かれていました。
山頂付近の石垣と、麓に残る堀跡が見どころです。
堀跡を見終えた時には既に日も沈み、道も分かりにくくなっていましたが、お掘の端のすぐ先にバス停があって、ホッとしました。
堀跡を見終えた時には既に日も沈み、道も分かりにくくなっていましたが、お掘の端のすぐ先にバス停があって、ホッとしました。
翌、12月27日は宮崎から日南線の列車に乗って宮崎南部の飫肥と鹿児島県に入った志布志に向かいました。
まず向かったのは青島です。
まず向かったのは青島です。
6:48の日南線の始発に乗ろうかどうしようか迷い、結局7:51の列車に乗ったのですが、青島に着いてみると、後を追うように団体客がやってきて、この景色は見れなくなってしまいました。
しかし、洗濯板の海岸線に荒波が打ち寄せる様子は素晴らしい景色でした。
しかし、洗濯板の海岸線に荒波が打ち寄せる様子は素晴らしい景色でした。
青島で一時間程滞在し、次に向かったのは飫肥です。
飫肥も古い城下町で、その佇まいが残る町並みは重要伝統的建造物群保存地区に指定され、飫肥城も日本100名城に選ばれています。
飫肥も古い城下町で、その佇まいが残る町並みは重要伝統的建造物群保存地区に指定され、飫肥城も日本100名城に選ばれています。
飫肥城大手門越しに眺める飫肥の町並みです。
飫肥城は現存の大手門が有名でしたが、旧本丸跡に生えている飫肥杉の巨木がとても印象的でした。
飫肥城は現存の大手門が有名でしたが、旧本丸跡に生えている飫肥杉の巨木がとても印象的でした。
苔が生い茂った地面に冬の日が差し込み、杉の木のシルエットが映画の一シーンのようでした。
飫肥では3時間程滞在し、13:29の快速で志布志に向かいました。
途中、日南の海岸も車窓から見渡せました。
志布志は飫肥から1時間20分程。
今は日南線の終着駅で、ポツンと駅舎が建つばかりですが、以前は志布志線、大隅線との接続駅で要衝の地でした。志布志線に乗ったのが最後に志布志を訪れた時でしたが、それから30年以上ぶりの訪問です。
今は日南線の終着駅で、ポツンと駅舎が建つばかりですが、以前は志布志線、大隅線との接続駅で要衝の地でした。志布志線に乗ったのが最後に志布志を訪れた時でしたが、それから30年以上ぶりの訪問です。
今回は駅から少し離れたところにある志布志城が目的地です。
志布志城はシラス台地の上に築かれた居城で、知覧城と同じく、深く切れ込んだ空堀た堀切で曲輪が築かれ、その深い堀の下に立つと恐怖心を覚える程の古城でした。
最終日の28日は宮崎近郊の古城と西都原古墳群を訪れました。
まず最初に向かったのは都於郡(とのこおり)城です。
まず最初に向かったのは都於郡(とのこおり)城です。
宮崎駅から15分程歩いた橘通りのバス停から西都BC行きのバスに乗り、更に国富(保坂)行のバスに乗り換え、稲荷下のバス停で降りました。
西都BCで乗り換えたバスが、時刻表では保坂行となっているのですが、現地の行先表では国富行となっていて、地元の人はそれで判るのでしょうが、余所者にはこうした表記の不一致は迷う元です。
それで乗る混む際に、稲荷下のバス停は通りますかと聞いたのですが、周囲に何もない稲荷下のバス停で降りた際、運転手さんが「本当にここで降りていいの」という表情で見送ってくれました。
西都BCで乗り換えたバスが、時刻表では保坂行となっているのですが、現地の行先表では国富行となっていて、地元の人はそれで判るのでしょうが、余所者にはこうした表記の不一致は迷う元です。
それで乗る混む際に、稲荷下のバス停は通りますかと聞いたのですが、周囲に何もない稲荷下のバス停で降りた際、運転手さんが「本当にここで降りていいの」という表情で見送ってくれました。
都於郡城は三財川の先に広がる丘陵地の端にあり、直線距離では1km程です。
目算で、歩いて15分と予測し、少々慌ただしいのですが、先ほどのバスが折り返して来る1時間半ほどの間に訪れる予定にしていました。
しかし、現地に着いてスマホのアプリで確認してみると、稲荷下から都於郡城までは徒歩45分の表示、、、
これでは1時間半後のバスには間に合わずその次の12:52のバスで戻る事になります。
しかし、現地に着いてスマホのアプリで確認してみると、稲荷下から都於郡城までは徒歩45分の表示、、、
これでは1時間半後のバスには間に合わずその次の12:52のバスで戻る事になります。
前日の夜に立てた予定では、10:30過ぎのバスで西都に戻り、西都原古墳群を訪れた後、初日に行く予定だった穆佐城に行く筈でしたが、この所要時間を知った瞬間に穆佐城は諦める事になりました。
とはいうものの、澄み切った空気の中を歩く都於郡城までの道のりはとても気持ちいいものでしたし、都於郡城も深い空堀に囲まれた素晴らしい古城でした。
元々の予定では、この都於郡城は午後に訪れる予定で、その時も1時間半の滞在を考えていたのですが、そのスケジュールでは帰りのバスが最終バスだったので、予定変更も出来ず、何もない稲荷下で呆然と佇むしかなかったと思います。予定変更の効く午前中に訪れる事が出来たのは幸いでした。
およそ4時間の滞在を終え、西都に戻り、西都市内から歩いて西都原古墳群に向かいました。
ここは以前から話は聞いていましたが、実際に訪れてみると素晴らしい場所でした。
丘陵地の上、1㎞程の長さの畑の周囲に300を越える古墳が点在しています。
丘陵地の上、1㎞程の長さの畑の周囲に300を越える古墳が点在しています。
この日は風の強い日で寒かったのですが、歩いて一巡してきました。
丁度、西都原古墳群にある考古学博物館を15:45に出るバスがあり、帰りは西都の市街まで歩くことなく宮崎に戻る事が出来ました。
丁度、西都原古墳群にある考古学博物館を15:45に出るバスがあり、帰りは西都の市街まで歩くことなく宮崎に戻る事が出来ました。
これで宮崎での旅程はすべて終え、宮崎駅を17:50に出る宮崎港行のバスでフェリーターミナルに向かい、帰路に着きました。
フェリーは宮崎港を出るとすぐに太平洋に出て、月のない夜空に満天の星が広がりました。
フェリーは宮崎港を出るとすぐに太平洋に出て、月のない夜空に満天の星が広がりました。
翌朝、日の出とともに神戸港に到着した宮崎フェリーです。
神戸港の景色も素晴らしいものでした。
今回もコメント欄は閉じておきます。
ご了解いただければ幸いです。
ご了解いただければ幸いです。