今日は、わが街 岡崎シリーズの第24回目を
本編のホームページにアップしました:
http://www.geocities.jp/shane_hsmt/index.html


今日は、先日の岡崎城下二十七曲の第二回目で、
岡崎宿のあった伝馬通りの西の端から
岡崎城への入り口・籠田総門を抜け、
大手門の近くの材木町までの区間です。


東海道は、岡崎の城下を多くの曲がり角で抜けていましたが
これは、徳川家康が江戸に移封された後に岡崎城主となった、
豊臣秀吉の家臣の田中吉政が、敵の侵攻に備えるために
行ったものです。

この場合の敵は、もちろん、徳川家康の事です。


岡崎宿の中心、伝馬町の西の端にあった
西本陣の角で左折し、南に折れ、さらに
次の角で今度は右に曲がって西に向かいます。

この道を170m程行くと岡崎城の入り口の
籠田総門跡に出ますが、その手前に
赤レンガの瀟洒な建物がありました。

イメージ 1

1917年(大正6年)に建てられた
旧商工会議所の建物です。


この旧商工会議所の一つ西の角は
中央分離帯のある広い道との交差点で、
昨日紹介した籠田総門の跡です。

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/fa/fa/shanehashi/folder/1384768/img_1384768_60639753_0?1273575380.jpg

東海道は、この籠田総門でクランク状に曲がり
北上していきます。

伝馬町までは曲がり角に立っていた木製の道標が
この籠田総門跡からは見当たらなくなり、
道に迷うこともしばしばありました。

篭田公園の北西の角で左に折れ
連尺通りを西に向かいます。

連尺通りを西に向かうと、20年程前までは
岡崎市で一番賑やかな通りだった
康生通りを横切りました。

イメージ 2

このまままっすぐ行くと、大手門跡に出るのですが
東海道はその手前で右に曲がり
材木町へと入っていきます。

材木町1丁目の交差点を過ぎて
右手に高いマンションが見えてきました。

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/fa/fa/shanehashi/folder/1384768/img_1384768_60571367_0?1272194851.jpg

このマンションの建っている場所には
岡崎城の大林寺郭掘の石垣があったところです。

田中吉政がこの堀を整備して石垣で固めたのは
豊臣家の財力を東海道を行きかう旅人に誇示して
家康を江戸に移封して、秀吉の世になった事を
印象付ける狙いがあったようです。




今日紹介した岡崎城下二十七曲の様子をHPに詳しく載せています。
二十七曲のページは こちらです:
http://www.geocities.jp/shanehp_tabi1/Travel/Japan/WagamachiOkazaki/Nijyuunana.html#Zaimoku



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