どうも、shamizoです。
私は独身で猫二匹と生活をしているちょっと変わったミュージシャンです。
独身で、昨今のコロナで殆どを自宅で過ごしています。
元々インドアで、人付き合いがとても苦手な人でした。
そんな僕ですが先日、炊飯器を捨てました。
ま、壊れて米を炊くことが出来なくなったからなんですけど。
次の炊飯器はどうしよう?と思いつつ、物色していたらとある土鍋に目がいきまして、土鍋釜でご飯を炊こうと思いつきました。
土鍋釜で炊くご飯を食べたことありますか?
とても美味しいんですよ。
という話ではなくて、その土鍋釜を通じて思考が変わり、周囲の環境も変わったという話です。
ミニマリストとかの話ではないです。人生を豊かにさせていける話です。
人間の三大欲求って、食欲、性欲、睡眠欲です。
その一つ、食欲ってとても大事で、何か適当に食べて満たされていれば良い、という話ではなくて、満たされている内容が大事だと考えるようになりました。
例えば、大好きなラーメンを食べ続けて幸せだと思っていても、塩分過多で循環器に支障が出ますし、そもそも毎日食べ続けるのには無理があります。太ちゃったりして。なので食事って、バランスがとても大事なんです。
僕は以前、建設会社で働いていたことがありますが、キレやすい職人さんは大概、朝にカップラーメンと菓子パンを口にしていました。それが正解かはわかりませんが、一因ではあると思っています。
自炊というと、なんだか出来る男子っぽく思われがちですけど、
実際は節約だったりすることが多いと思います。
ただ、それも仕事の忙しさにかまけて、自炊が面倒になったりすると、コンビニ弁当や、お惣菜などを購入して、
なんとなく欲を満たしているだけの生活に陥ります。
そして、経済的にも「安さ」を重視するあまり、添加物が多めのものさえも躊躇なく口にしていました。
人間不思議なもので、楽さに身を任せていると、いつの間にかその生活がびっしりと根づいてしまい、あとで気づくと、カップラーメンの残骸や、プラスチックゴミが増えていく現実にため息ついたりして。どうにかしなきゃという気持ちを僕は常に持っていました。
ただ今回、幸か不幸かコロナの流行で自宅にいることが増え、忙しさという面からは解放され、時間に余裕が生まれたこともあって、炊飯器が壊れた時もちょっと手間だけど、やってみようという気持ちで土鍋釜を手に入れたのは、自分の食欲の中での一番に近い選択でした。
炊飯器だと、スイッチを入れさえすれば、ご飯が出来ます。
土鍋釜で米を炊くには手間がかかり、水やガスの火の調整、これも最初は上手くいかず、試行錯誤。けれど上手く炊けた時には、炊飯器のそれとは違う感動があるんです。そして、僕には時間への余裕が生まれたんです。
土鍋釜で炊いたご飯だけでも、とても食事が豊かになった感じがして、同じ水加減、火力、蒸し時間を同じにしても、米の種類で味が変わってびっくりしたり、米だけではなく、農業に対しての考えまでも変わるようになりました。
僕は独身ですけど、こんなゆったりとした食事を誰かと取ることが出来たら、どんなに良いかな、幸せなのかな?とも考えるようになりました。
SNSで土鍋釜を使ってご飯炊いてるよと投稿すると、以前から愛用していた音楽仲間の先輩がいたりして、アドバイスをもらったり、友人は土鍋釜を購入したよ〜と言ってもらえたり、人付き合いが苦手な僕がコミュニケーションを自ら取るようにもなっていました。
そして、日々結果を求められていた自分の仕事は、どれだけ早く済ませられるのか?という気持ちに追いやられて、余裕などなかったんです。
そして、勝手にライバルと決めていた人に対してのプレッシャーを感じ、今までやってきたことへのプライドがオラつきを生み、人との距離感を感じていたんだと、今まで気づかなかったことを恥じています。
丁寧に準備をし、時間をかけてことを済ますことができたら、それはとても良い仕事になるのではないかと自分で考え、他者のことは気にせず、じっくりと仕事に取り組むことに専念しました。
これをやってくださいということに対して、演奏をすれば良いとさえ思っていたのに、演奏時のコンセプト等も自ら聞くようにし、時間をかけてそれを上手くいくように演奏にまで持っていくようになったのは、やはり土鍋釜のおかげだったんではないでしょうか。
昨年から始めた教室も、じっくりと取り組んでもらうようにして、出来るまで待つという姿勢ができました。そして、演奏を一人で出来るようになった人もいます。
それを素直に僕は喜べるし、良かったなぁと思っています。
こういうところから、もう今の自分は炊飯器が壊れた時から決まっていたんだとも思っています。
そしてそれが良い方向に感じられるようになったのは、丁寧に過ごすということ、自分の余裕を持つことだとも考えています。
余裕がないと思っていても、一日ずっと忙しく動いているわけではないはず。
どこかで無駄な時間を過ごしていることがあるはずです。
自分を俯瞰して見るということはとても大事で、余裕を持つことが出来たら、人生の丁寧さが出てくるのではないでしょうか。
僕は土鍋釜で少しだけ生き方のヒントということを感じることが出来ました。
これは僕だけじゃなくて、皆さんも気づけるポイントがあると思います。
今、僕は好きな音楽で仕事をしていますけど、これだっていつまであるかはわからないです。今の結果はとても喜ばしく、とても素敵なことだと自負をしていますけど、これだけではなくて、もっと自分に出来ることはあるんじゃないか?とも考えるようになりました。
僕自身、元々は人付き合いが苦手で、一人でなんとかして稼いでやるという気持ちが空回りしていました。
音楽ではない事業にも挑戦して、何度も失敗していました。
演奏家という肩書きのみで生きていくと、その中でもがいてしまいます。その肩書きを外すということに今まで抵抗を感じていたのですが、今は音楽を中心にもっと周りが豊かになった方が幸せじゃない?と思っています。
その中で見つけたブログがあり、彼のメルマガを読み始めました。
実はここまで文章を書けるようになったり、人生っていうことに深く考えたことはなかったと思います。
最後の最後で胡散臭い感じがしてるかもしれませんが、ここまで読んでくれている人でしたら、何かのヒントにはなるかと思います。無料で読めるのでリンクをクリックしてみてください。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
あ、是非土鍋釜チャレンジしてみてくださいね。
