ことのはマイニング -15ページ目

ことのはマイニング

よにうつるおもいあふるるたましいの
あらゆるもののさきわうことを

目を閉じるとそこには何もない。

目を閉じた瞬間に、現実は無くなっている。

少なくとも、視覚的には。別の世界にいる。

 

心を落ち着けると、もっと違う何かに繋がる。

寝落ちギリギリになれば、身体の感覚もなくなっていく。別の世界にいる。

 

ヘッドホンをつけて、好きな音楽を聞く。

そこにはありえないはずの音が、聞こえてくる。そのとき別の世界にいる。

 

好きな絵を眺めているとき。空想している時。

本を読んでいる時。映画を見ている時。

集中して仕事をしている時。創作に没頭している時。

お風呂でボケーッとしている時。あるいは考え事をしている時。

別の世界にいる。

 

同じ人でも、ずっと一つの現実に居座ることはない。

毎瞬切り替わっている。

それでいいし、それが普通。渡り歩いていく。
誰一人として同じ現実に留め置くことは出来ない。

 

それぞれの人が、沢山の世界を持っている。創っている。

 

でもそれぞれの人が共有している部分もある。

繋がっている。重なっている。お互い、相手はコピーだけど。

コピーであり、本物だから、ただの幻とはまた違うけれど。

幻であり、実在もしている、でもやっぱりただの幻ではある。

まぁそれは置いておいて。

 

本当はお互い、好きなようにやって、重なったところで響き合えばいいだけなんだけど。

同じ幻、というよりストーリーを、共有するように仕向けられている。

それが問題。

 

誰から?

ってそりゃもう、そういう事がしたい人たちから。

同じ幻を見て、同じ物語を刻み込んで、同じ方向を向いて、同じ現実を創り出すように、

同じじゃないにせよ似たような感じになるように、仕向けられているんだよ。

 

どうして?

ってそりゃ答えは一つでしょう。

操りたい、から。

みんなをね。

みんなが同じ色に染まってくれれば、1仕掛ければ、100、1000、10000人に届く。

同じものを持っている者同士が響き合うんだから、当然だね。

 

それに今はスマホという魔法の凶器がある。

凶器も使いようだから、適切に使えば魔法のツールだけど、

やっぱり凶器に近いものなんだよね。

 

まず、アプリがそうなるように設計されている。

依存するように。ソワソワするように。

快楽物質出まくり状態になって、中毒になって手放せなくなるように。

通知来ないかな、通知、通知来たら反応しよう。何か新しい情報ないかな、来てないかな…。

そればっかり。

 

そうやって創り出されて囚われる世界は、その人自身のクリエイティブさを大いに奪っている。

押し付けの世界なんだよ。押し売りの。

まぁ自分で作りたくない怠惰な人が増えてしまったから、

押し売りではなくて、届けていただいている、作ってもらっている、

「非常にありがたいレディメイド」なのかもしれないけどね。

 

本質は押し売り、押しつけ、お仕着せ…。

与えてやるもののうちから選びたまえ。という気持ちから出てきたものだから。

 

自由に見えて狭められた選択肢から、

選んでいる感を与えられて、選ばされているんだよ。

「AかBかC,3種類も選択肢があるのって素晴らしいですね?

(いやほんとは無限にあるんだけどね)」

こういうことだよ。

 

ほんとは世界が無限にある、それを知られたくない。

断る選択肢、持たない選択肢、を選ばれたくない。

君たちはパーティーには参加しなければならない。楽しいんだから。絶対来いよ。

そんな感じ。

(パーティーといっても、生贄パーティーで、君が犠牲者予定なんだけどw)

という都合の悪いことは教えないで。

怖くなってきちゃうからそれ以上は言わないけどさ。

 

ようは、この先も、みんなで共通のユメマボロシを見ましょう、これがソレです…

というお仕着せゲームは続いていくし、どんどん一色に染められていくから、

それが嫌なら染められないように、常に気をつけておかないとね、って話がしたかったわけ。

 

そこにある、見せられている「世界」はさ、

そりゃワールドワイドで本当にザ・ワールドなのかもしれない。

 

でも、本当に、君の、自分自身の周りにある世界って言うのは、ソレじゃない。

ソレだけじゃない…と言うべきかもしれないけど、本当に、無いも同然なの。

本質的にも実質的にも、無い。そこにそれはない。

あると思わされている、いわば「共通の環境設定(認識)」に過ぎない。

 

だから、ないよ。っていう人もいるし、

あるけど、ほんとはないんだなぁ~、って、心の片隅にでも置いておいて、

ほんのちょいでもわかっておいたほうがいいよ。

 

そして複数の世界を持つことが大事。

ないなら創れるし、ないと思っていても創りまくって生きているんだから、アレだよ。

簡単。だよ。

そもそも目を閉じただけで他の世界に切り替わってるんだからw

いつでもほかの世界を作れること、居る場所、現実を変えられること、

既に複数の世界を持っていることを自覚しておく、知っておくことが大事。

 

あとはね。

自分はそこ(この世界)にいるけど、

本当は…というか、それと同時に、

そこには居ない。ってことも、ときどき思い出すといいよ。

 

場所って無いんだ。場所。ここだ、と思っているところ。

ここだと思ってるところは、今創ってるマボロシなんだから。

今いるのはどこでもない。どこにも君はいない。位置していない。でも在る。

どこでもないそこから、ここを創って、見て、体験することをしている。

だから迷子にもならない。目的地はいつもそこ。帰る場所もそこ。

 

何かが突然終わったとしても、君のいる場所…というか、存在、は変わらない。

そういう意味でのアレだよね。永遠の命とかそういう表現の仕方。

だから別に、どんなものを見せられたとしても、大丈夫なんだよ。

 

どんな「世界」に共通の絵柄が塗り替えられても、それはただのテンプレ。

これを選べよと掲げられている見本。そうじゃない世界は無数にあるし、創っていける。

同じ見た目でも、意味も、味わい方も変えられるしね。

 

だから、ひとつじゃないよってことと、

ひとつしかないと決めつけないでね、ってこと。違う道はある。いつも。

一度に体験できる世界は一つだけどね。それが毎瞬切り替わってるから、たくさん。

 

複数の世界を持っているとそれだけ自由になれるし、

窮屈なストーリーがうねりを持って色んなものを貫き始めたときも、

私は違う話がいいと思えば、ひょいって外せるんだよ。

共振しないで、影響を受けないで、違う所にとんでいける。

 

簡単じゃない時もあるけど、それは見えている出来事を、

深刻に受け止めているからなだけだよ。

こういうことが起きたら嬉しい、悲しい、驚く、悩む…。

対応の仕方を教え込まれてきたから、その通りに演技しているだけなんだからね。

それを味わって楽しむために生きている面もあるから、否定はしないけど。

いつでも外せるし、外していいものなんだ、ってことだね。

ジョウシキ?知らんがな、ってポイってできるんだよ。怖いからやらないだけ。

なんかさ、犯罪者になるんじゃないかとか、気が狂うんじゃないかとか、

思うようになってるから。

 

そんなところかな…。うん。そんなところです。

 

**************

 

最近、何か書こうと思ってもネガティブに傾きがちな中、

複数の世界を持つことが大事、と浮かんだので、

どういうこっちゃと思って出てくるままに書きました。

 

まぁ世界情勢が荒れていても、

本当にその人の目の前にある、実在すると言えるのは、

せいぜいその人の見えている半径数~数十メートル内の現実に過ぎないんだから、

あんまりテレビとかのクソニュースに振り回されず、

目の前のその現実を大事にして、楽しいことがあったらそれに没頭するなり、なんなり、

そうやって生きるほうがマシだよ、ってことのようです。

 

死んだときに持ち帰れるものは記憶しか無いですしね。

…それなら邪悪なヒキガエルみたいなじーちゃんズの陰謀に絶望の日々を送るよりも、

多少不謹慎でも楽しい記憶を詰め込んだ方がお得というものです。

(死んで無になると思ってる人には、持ち帰るも何も虚無ですがw)

 

なんか…目の前が焼け野原になっていても、

怪我してなかったらラッキーって喜ぶこともできるし、

炎や煙がカッコイイなと思ってわくわくすることもできるし、

落ちてる瓦礫で遊んだら楽しいでしょ(特に子どもなら)、小石も今なら投げ放題…

…みたいな極論が飛んできたので、それは流石に不謹慎…と思いました。

(現実だったら、小石を投げて遊ぶ前にがれきの下の生存者を探します)(というか遊ばない)

でも極論、そういうことなんですよね。極論だけどね。