加藤悠が立ち上げた「社会不適合アイドル」『→EXIT←』。
初のお披露目ライブが決まった2016年9月下旬。

私の体調に異変が起こった。
仕事に対するストレスだったことは間違いない。

食欲がなくなり、吐き気をもよおす。
睡眠もまともに取れない。何よりも職場の人と顔を合わせるのが嫌で嫌で仕方がなかった。

職場の上司に相談したが、「職場で人間関係が築けない原因はあなたにもある。」、「社員だから頑張らないと。」、「社員としての自覚がない。」、「異動はさせないから。」と辛辣な言葉ばかり浴びせられた。
ストレスの根源である職場の上司に相談しても無駄だった。私はかなり落ちこんだ。

『うつ病』がまた再発したおそれもあると感じたので、翌日、仕事を休み、すぐに心療内科に行った。
そこで、『抑うつ不安状態』と診断された。

『うつ病』ではなかったが、その一歩手前だった。
正直、ゾッとした。
『うつ病』にかかった時、私はかつてないほど苦しんだ。その二の舞になるのは絶対、嫌だった。

10日間の療養を医師から伝えられ、社長からは復帰後、他の部署への異動を約束された。

10日間の療養を経て、気持ちが安定し、他の部署への配属ということもあり、安心して仕事復帰ができた。
この時点で→EXIT←のお披露目ライブをあと二日後に控えていた。

『2016年10月10日』。
いよいよその日を迎えた。仕事の勘を取り戻すために私は半日だけ働き、ライブ会場に向かった。
場所は「新宿Motion」。
仕事復帰をして、まだ一日半ということもあり、正直、疲れはあった。
だが、疲れよりも私のモチベーションはかなり上がっていた。
なぜなら、→EXIT←のお披露目ライブのこの日が私の誕生日であったからである。
プロレス活動を休業した加藤悠と再会を果たした三ヶ月前の『2016年7月10日』は私が初めて加藤悠に出会って丸5年の記念日。
今回は私の誕生日と→EXIT←のお披露目の日が同じという特別な日。

偶然だとしても、こういったことが重なると非常に嬉しく感じる。

いよいよ会場入りの時間。地下アイドルのライブはサンプリングガールズを通じて、何回か足を運んだが、やはり会場は小さい。だが、すごく見やすい空間であった。
何組かのアイドルのパフォーマンスが終わり、→EXIT←が遂にベールを脱ぐ。

加藤はる。。山羊沼ちょこ。猫屋敷うき。3人がステージに立つ。それだけで、ファンのボルテージも一気に上がった。

お披露目した楽曲はカバー曲でなく、オリジナル楽曲の『Go! EXIT』。

加藤はる。の透き通る歌声。山羊沼ちょこのハスキーな歌声。猫屋敷うきの男性顔負けの力強さのある歌声。それぞれの個性を活かした歌声がマッチする。
ダンスも3人の息がピッタリ合い、圧巻だった。
MCで自己紹介や曲の盛り上がるポイントをレクチャーした後に、再び『Go! EXIT』が披露された。

ファンの合いの手も入り、演者と一体化して、最高のステージになった。

物販は終演後ということで何時間かの待ち時間があった。
私を含めた加藤悠ファンが集まり、食事をしながら、ライブの感想を語り合った。
誰が話しても、「よかった。」、「最高だった。」、「かっこいい。」と称賛していた。

物販の時間。
私は人見知りがあるので、他のメンバーのところに行けず、迷わず加藤はる。のところに行った。
加藤はる。に会って言われた第一声が『お誕生日おめでとう。』であった。
誰に言われても嬉しい言葉であるが、憧れの人であり、大好きな人から言われたことで、その嬉しさは倍増した。
加藤はる。と何を話したかは誕生日を祝ってもらえたことが嬉しすぎて忘れてしまったが、「加藤はる。に会えたこと」。「→EXIT←のお披露目ライブを自分の目で観ることができたこと」が私の誕生日プレゼントになった。

誕生日前に病みかけて、嫌な思いもしたが、それを全て忘れて、断ち切ることができた。

『2016年10月10日』は→EXIT←にとっては大事なデビューの日。私にとっては今まで味わったことがないぐらい最高の誕生日になった。

幸先のいいスタートを切った「社会不適合アイドル」。→EXIT←。
アイドル界に新たな旋風を巻き起こすことになるのだった。


to be continued…