「でかいなー‼」
男がそう言ってる時は大体口許がいやらしくにやけているはずだ。
でも女だってそうでしょ?
女の「おっきい ~(はあと)!!!」にはテンション上がるぅぅ~‼と同等の意味があるに違いない。
でもそれは大人になってからの話。
小学校時代。オレは毎日ウルトラマンがやってればいいとだけ思ってた子供だった。
町を破壊する巨大な怪獣と宇宙から飛来してその怪獣とバトルを繰り広げるウルトラマンに大興奮していた。
人間は子供の頃は皆オタクなのに大人になるにつれて大事なモノを忘れてしまう。
進化論だなんてものをなまじかじったせいで怪獣を見て生物学的にあんな巨大な生物地球に存在しえないよ、などと言い出す。

確かにデカい生物ってのは居る。
タイのメコン川に生息する淡水エイであるヒマンチュラチャオプラヤは体長2~4メートルといわれる巨大魚です。
ですが江戸時代の絵本百物語に登場する妖怪赤えいは体の大きさ10キロメートルである。これはあり得ない。童貞だってさすがに騙されない。
アラビアンナイトのシンドバッドの物語や東方見聞録にも登場するロック(roc)という巨鳥は像を鷲掴みにして飛び去るほどの巨体であるという。
約8400万年~6500万年前の生物で地球史上最大の飛翔生物とされるケツアルコアトルス・ノースロピという翼竜でさえ翼の長さ15メートルである。ロック鳥の大きさもやはり進化論から大きく逸脱している。

しかし一部には伝説上の生物、ファンタジーに登場するモンスターのイメージにかなり近い生物も実在します。
すでに12世紀にはその名を残す海のモンスター、クラーケン。当時のノルウェーの船乗りたちはこの巨大生物が船を沈没させると信じて恐れられていました。
クラーケンのモデルは日本でも人気になったダイオウイカ、あるいはダイオウホウズキイカだとされています。
船を海中に引きずり込む程の大きさはありませんが最大で体長18メートルにもなる巨大イカの姿は伝説上の生物クラーケンの姿にかなり近いものがあります。
生物がスケールを越える巨大化を果たした時それは怪獣になります。そしてそれは畏怖されるべき存在になります。
ところが生物の中でも人間だけは巨大化しても何となく笑えるほのぼの生物になってしまいます。少なくとも怪獣のカッコよさは皆無でしょ。オレは好きだけど。












人は鳥に憧れて飛行機を作ったというけれどこの人たちは怪獣(やウルトラマン)に憧れて巨大化したのだろうか。
今日はUMAというより怪獣ブログになってしまった。







さて今週のUMAブログです‼
皆さんはチュパカブラという名前を耳にしたことはありませんか?最近はかなり浸透して来ましたが割りと新しめのUMAであります。
確かに僕の子供の頃のUMA図鑑には載ってませんでした。
1995年くらいから目撃され始め
背中にトゲがあり灰色の毛に覆われた二足歩行の獣で家畜の生き血を吸うのだと言われている。
しかし僕が注目したのはその名前です。
チュパカブラとはスペイン語で(山羊の血を吸うもの)という意味らしいのですが大体の人は言いにくい名前だな、とか覚えにくい名前だなと思うでしょう。
そして男にとっては〈ちゅぱ〉か〈ブラ〉の究極の選択に聞こえてしまうことでしょう‼(オレだけ?)
なんたってちゅぱである。キャパだったらロバート・キャパみたいでカッコいいけどちゅぱってのは大抵男にとってただのエロ擬音である。
男がいい歳こいてもお女性のおっぱいを吸いたがるのはテクニックを見せたがってるだけで
「オレはもう赤ん坊じゃないんだぜ‼」って違いを見せたがってるだけなんだ。
ちゅぱにはもう一種類あって「おい、オレが気持ちよくさせたんだから今度はお前が…………」って………もうこの話題はいいか(笑)


そしてブラである。
幾つになっても男のオレには今一つ機能と構造が理解できないあの女性専用装着物である。
ただでさえ分からんのに最近だと見せブラなんてものまである。
見せだの見せないだのそちらさんは仰るがこっちから見たら全部ブラだ。いやらしさは色褪せたりしない。
しかし反面寄せて上げる、というのも最近では欠かせない機能らしく何よりそれ以前にカップsizeを操作して大きさの過剰申告しているというのが実態である。
つまりは信用しちゃいけないって事だ。
そう考えるとブラに包まれたおっぱいって奴は蜃気楼みたいな幻のようにも思える。
オレは一生ブラジャーって奴を理解出来そうにない。
何だっけ?あ、チュパカブラだ‼
最近ではチュパカブラの正体は皮膚病にかかったコヨーテだとされている。
かつて皮膚病で毛が抜け落ちることはコヨーテにとって死を意味したが温暖化によって生存率や延命率が上がった。目撃例が増えたのもそのせいだという。そして病気で弱ったコヨーテは家畜のような襲いやすい獲物を狙うようになる。
しかし何より驚いたのは1400円出して買った本の情報がwikiに丸々乗ってる(しかもより詳しく)ことである。wikiにも載らないようなもっと馬鹿馬鹿しいUMA本が沢山発売されるような時代が来ることを熱望する。











先週のことなんだけど車で走ってたら風が吹いて近くの桜の大量の花びらがつむじ風みたいにくるくる舞い上がってフロントガラスの向こうの世界が一瞬花びらだらけになったんだ。
自慢じゃないけど生まれてこのかた一度だって桜にも花見にもなんも関心もなかったオレだけどさすがに「おおっ‼」ってなったね!
偶然なんだけどその風と桜の花の自然の織り成すコラボを目の当たりにしてさすがにオレの濁りきった心も少し動いちゃったってわけ。
なーに純粋ぶってんだよ⁉オメーの好きな花びらはどーせあっちの花びらのくせに‼と思われるかも知れないけどたまには少しまともな事を書かせてくれ‼
とにかく偶然にいいもん見せてもらってオレはすっかり感動してしまったわけだ。
人間は偶然を愛するという。それはありきたりでささやかな自分の人生に何の前触れもなくフワリと降りてきた「よくぞ来てくれた」という類いの愛しさなのだという。確かに偶然っていいよね。昔の映画って伊丹十三とかの映画って予期せぬエロシーンがあってテレビで観てたオレら中高生はそういう不意打ちエロに股間を熱くしていたものだった。今そういう「儲けもん」が映画の中にないでしょ。何でもかんでもR指定だから。

おっと!またいつもの脱線だ。
とにかく人間は偶然に弱いのだ。特に心が弱った時にそういう神々しい場面に遭遇すると時として人間はそれを神の啓示だとか特別な意味付けをしてそれにすがってしまうこともある。僕はそこまで純粋じゃないからただのマグレとしか思えないけど単純にみんなが言う桜の良さがやっと少しわかったのだ。
10代の頃は自分の周りの田舎事情とか含めて日本らしさというものをことごとく否定していた気がする。生まれ変わったらイギリス人で有名ロックバンドのメンバーにしてください!と神に念じていたくらいだ。歳をとるってことは平均化されて日本人化していくってことなのだろうか。
あと何年かしたら桜も悪くないな、に変わって更にもっと先には自分の残り時間と重ねて「あと何回この開花に会えるのだろう」と愛しくなっていくのだろうか。

日曜日休日出勤が半日で終わりラストスパートみたいに咲き乱れる桜を見ているうちに車でケッコーあちこち行ってしまった。何かに目覚めたとかじゃなく先日の熱が冷めやらないだけであった。
見とかなきゃ損くらいの浅い気持ちで見ててもやっぱ全然胸には響かない。
車を降りて一人でボーッと見てたら近くの車の中のカップルの方が気になっちゃって
何でかわいい子って彼氏といると更にかわいく見えるんだろうね?
「帰ったら一緒にお風呂入ろうね?」「ねー?」とか言ってたんだろうか。
世の中みんなセックスしてるかと思うと何だか急にバカバカしくなって家に帰った。









ささやかなこの人生って曲がある。

内容はあんま季節と関係ないんだけど♪花びらが散った後の桜がとても冷たくされるように~
っていう出だしで毎年ついつい思い出してしまう。
花は毎年同じように同じ場所で咲く。
オレらは昨日の約束すら忘れてしまうというのに。でもそうやって嫌なことや都合の悪いことを忘れて自分を保っている。オレらの毎日はいつも上書きだ。
花は毎年美しい花をつける。
オレらはみすぼらしくなっていくだけだ。でもよくよく考えれば花も毎年同じ花をつけているわけではない。あれは毎年新しい花をつけているのだ。実は同じ事を繰り返しているわけではないのだ。