自分の中での覚醒

 この1か月余り、自分自身と向き合う中で、様々な気づきと共に、今までの人生を

根幹から揺るがすような決心をかためた。

 

 この決心が本当にこれでよいのか?

不安と恐れとで気がおかしくなりそうな自分と戦っている。

 

 5月の中旬、NVCのエクササイズをしてもらった。

体感覚と深い心の傷につながったその時、体中から沸き起こる痛みと嘆きで私の心と身体は震え、とめどなく涙が溢れた。

 

 そして…

 

 助けて!もう許して!30年頑張ったよね、私、もう私をここから解放して!

 

 本当の私が、身体の奥底から振り絞るように泣き叫んでいた!

 

そんなことがあった数日後、彼に同じエクササイズをもう1度してもらった。

 今度は、嘆きではなく暖かさが広がり、とても幸せな気分になった。

 

 この、エクササイズを通して、私は、いかに自分自身にうそをついて生きて来たのか?を嫌というほど味わっていた。

 

 いい奥さん、いいお母さん、いいひと…

 

沢山の仮面を被って自分を守ってきたのだろう。

だけど、それは、守っているつもりで1番自分を傷つけていた。じわじわと内側から時間をかけて蝕んでいった結果、私は私を失っていた。

 

 その事に気づいたとき、私の中で何かが崩れ落ちて行った。

 

 守らなければならない!支えなければならない!自分さえがんばれば!我慢すれば!

を無意識に行っていたのだろう。

 

 それに気づき、抗えなくなって、

わたしの心と身体は張り裂けそうになっていた。

 

 誕生日、私は一人、箱根に向かった!

自分自身を見つめる為、癒すため、解放するため、

 

 誕生日に日付が変わる瞬間、そして、誕生日が終わる瞬間、彼とオンラインでつながっていた。

 

 だけど、それは決して甘い時間ではなく、むしろ自分と向き合い、嘆き苦しみもがくことで何かを探し求めてあがいていたように思う。

 

 本当の自分はどうしたいのか?何がそれを邪魔するのか?

 

 私の中で、引っかかること、

 

 世間の目、家族の目、嫌われることへの恐怖、全てを敵に回してしまうのではないか?というとてつもない恐怖と不安、たった一人で何ができるのだろう?

 

 そんな、叫びが内側から湧いてきて、頭を抱えていた。

 

数日後、彼とオンラインでつながったとき、気が付けば嘆いていた。

その嘆きにそっと寄り添い、

共感し、心の叫びを伝え返してくれる。そして、はっと気づかされる!

 もう、わたしはとっくに決断しているのだ!だけど、それでいいよ!と誰かに言って欲しかった。大丈夫だよと言って欲しかった!

 それは、誰かではなくて、外ならぬ自分自身と片割れに…

 

 彼は、自分自身の言葉としては何も言うことはなかった。

彼は、私自身の言葉を伝え返すことによって、私に気づかせたのだった。

 

 これから、私は本当の自分が願う生き方を選ぶため、今迄の大切な家族や友人、様々なものと別れを告げなくてはならなくなる。

 

 自分自身、何もそこまで!と思う節もあるけれど、きっとそうしなければならないことは、ずっとずっと前から、今世に降り立ったその時から分かっていたことなのだろう・・・

 

 愛は時として痛みを伴う

 

 敬愛するマザーテレサもそう言っている。

 わたしの決断の中には、まだ彼の姿はいない。         

 

私自身が精神的、肉体的、物質的に自立して生きていくこと。

 

 

 これまでの人生経験の中での、壮絶な体験を明らかに発信し続けることで、暗闇の中でさまよっている人の一筋の光となれるように・・・

 

 この体験を発信することは、私だけでなく、家族に多大な負担と痛みを与えてしまう。

それを、極力回避するためにも、別々の道を歩むことが大切であること。それが、私にできる最大の思いやり、コンパッションであること。

 

 今、この文章を書いていて、改めてこの道に進むことが、間違っていないこと。正しい方向に向かっていることを確信している。

 

 そんな自分自身にエールうを送り、讃えたいと思う。