大好きなパートナーともう少しで出会って1年を迎えるのだけれど、未だに私が生理前ぐらいになると喧嘩してしまう。
彼は欧米人なので、日本人と違って「察して。空気を読んで」なんて文化は通用せず、いつも真っ向から話し合いを持ちかけてくる。
最初はそれがしんどくって、察して空気を読む文化で育った私は逃げたい一心で話し合いを避けていたけれど、それじゃいけないと気づいてから徐々に彼と向き合うようになっていった。
今でも時々喧嘩をしてしまうけど、いつも大切な話し合いの先で価値観の違いでぶつかっているので、これも絆を深めていくためのステップだと受け入れられるようになった。
最初は喧嘩するたびに「この人とはやっぱり付き合っていけないかも」と思っていたことも「どうやったら2人とも納得のいく答えが見つかるだろう」と考えられるようになった。
喧嘩をしてしまった時もそうでない時も、大事なことは「悪いことをきちんと認めて謝れるか」だと思う。それは国籍問わず性別も年齢も関係ない万国共通事項だと思う。
喧嘩の最中はアドレナリンが出まくって冷静な判断もできないし、プライドが高くなってしまって相手が歩み寄ろうとしていてもつい「プイッ」とそっぽを向いてしまうこともある。
相手が悪い!と自分を必死に肯定したくなるんだけど、喧嘩から少し時間が立って、一人で考え始めると、じわじわとにじみ出る罪悪感。
私のここ、悪くね…?と思いはじめてシュンとするんだけど、また今度はじわじわと、いややっぱり彼のここもどうなの?と怒りカムバック。
一通り情緒不安定に浸ったあとで、やっぱりそんな悶々を抱え込めねぇぇえと思って、そういう時は結局自然に出向く!!!!
ひろーい芝生の上に服が汚れてしまうなんてお構いなく、足を広げて寝っ転ぶ。そうすると自然と怒りの感情が落ち着いてくる気がする。自然なだけに。
そしてやっと冷静に考えられるようになった時、自分にこう問うのだ。
「私はそれでも彼といたいのか?」
あんなにイライラしていたのに、私は秒速で「はい」と答えてしまう。
世界には他にも男の人は沢山いるのに、私は喧嘩をしても悲しい思いをしても「彼と一緒に乗り越えたい」というベースが心にあるのだと認めている。
実際パートナーシップは日本人同士だろうが価値観がすべて同じなカップルなんていないし大変なことには変わりなくて、どうせ人生大変なことも絶対あるんだから、それならつらいことを彼と乗り越えたいんです。
だから私は言います。何度でも。
「ごめんなさい」と。
自分が悪いことはきちんと相手の目を見て謝る。
相手から指摘されずとも自分から謝りにいきますとも。
人間は失敗するのは当たり前で、彼もそんな私を受け入れてくれるし、それはお互い様なのです。
こうして喧嘩は一件落着。難しいようでこれは子どもの頃から教わっていたシンプルで大事なこと。
その後は「じゃあどうやってこの失敗を次に活かす?」
私達はここまで話し合ってから、またいつものラブラブな日常に戻ります。
失敗を恐れるのではなく失敗してしまった時に、いつまでも「ごめんなさい」と言い続けられる人でありたいと思います。