皆さん、こんにちは!
実は、今日あることに気付き、何となくなのですが、書いてみました。
人は、それぞれの理想を抱き追い求めるところがありますが、それは、何歳まで追い求めるものなのでしょうか?
また、理想は、一生涯追い求めることができるものなのでしょうか?
皆さんは、どう思いますか?
皆さん自身、この機会に自分ならば…と、一度考えてみてはいかがでしょうか。
私が何故、そう思ったか…
人は、自分の理想を築くために日々努力しています。
言い方を変えると、人は、理想を持っているからこそ、日々努力しているのではないかと、私は思うのです。
理想とは、希望、夢、そして可能性へと繋がるもののように思います。
人生において、理想を追う生き方と、理想を追わない生き方では、生きる充実感や価値観の持ち方が、全く違ってしまうような気がします。
人生の中で、人は、さまざまな困難に遭遇しますが、その困難に遭遇した時に、自分を勇気付けるもの、支えるものは、いったい何なのでしょうか?
私は、それは、理想を抱く心と、自分自身を信じる心を持つことではないかと思うのです。
人によっては、理想はあくまでも理想であって現実とは違う、と言うかもしれません。
しかし、そう言っている人でも、自分自身の理想を持っていると、私は思っています。
問題が発生した時、人は、理想と現実のギャップにたじろいでしまい、我を忘れて冷静な判断が出来なくなってしまう時があります。
そして、現実逃避してしまい、今、目の前にある問題を直視することが出来なくなることもあります。
その時、人は、その目の前にある問題を、どのようにして乗り越えようとするのでしょうか。
① 自分の親や兄弟に相談する
② 信じている人(交際相手も含む)に相談する
③ 自分自身で何とか解決法を見つける
④ その問題から逃げる
皆さんだったら、何番を選ぶでしょうか?
私は、人が持っている理想は、難題にぶつかった時に、自分自身を支えるものだと思っています。
先ほどあげた方法のなかで、
①~②を選んだ方は…
人に打ち明ける(話しをする)ことで、問題に取り組む姿勢となります。
③を選んだ方は…
自分自身の持てる力を最大限に活かすことによって、問題に取り組む姿勢となります。
④を選んだ方は…
如何なる理由があるにしても、してはならない姿勢となります。
と、私なりに感じたことを分析してみました。
私は、人が理想を持つことは、生きて行くうえでの、活力源のようにも思えるのです。
人は、この現世に生を受けた時から、生きる試練が始まり、生き抜く役割と、課せられた使命が、与えられます。
その、役割と使命を果たすための要素として、『自分自身の理想』という『思想』が、生きる上での考え方のひとつとして必要なものだと、私は思っています。
人は、『自分自身の価値とは何か』を、元気な時にはなかなか見出せないことが多く、心身に不自由さを感じるようになった時になって初めて自分自身の価値、人生の価値、ということを想い考えるようになるのではないかと思うのです。
それは、見方を変えれば、自分自身が持っている理想を追い求めていたか、追い求めていなかったかによって自分自身の価値、人生の価値に対して、見え方が変わってくるのではないかと私は思っています。
皆さんも、人生を謳歌する意味でも、『人生に理想を持つ』という考え方を持って頂けたらと思います。
最後に、今回、訳の分からないブログになってしまいましたが、最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
私のブログは、自分自身の中で、感じたことをそのまま、書いていますので、読みにくいところや、意味不明のところも、多々あると思いますが、これからもよろしくお願いします。
池田 武央