お疲れさまでした
今日は知り合いの葬儀がありました。
佐々木さん…
72才…
まだまだ若い…
残念でなりません。
出会ったのは約3年前。
私の仕事関係でお付き合いのある内装工事の社長さんと一緒に現場に来ました。
佐々木さんは元々は大工さん。
内装工事を手伝いながら、建具の調整を中心に、大工としての仕事をやってもらってました。
本当の「職人」でした。
昔の大工さんですから、手抜きなど一切なし。
納得いかないと納得いくまで調整。
昼休み前ギリギリまで仕事をして、お昼を食べたら、周りが休んでいても仕事を始める。
一切妥協をしない姿勢に、勉強させられることばかりでした…
昨年末まで元気に働いていたのですが…
今年に入ってすぐ、脳梗塞で倒れたの連絡が…
一時、だいぶ良くなり、リハビリも始まったので、元気になると信じていたのですが…
私は職人ではありませんが、仕事に対する姿勢を本当に学ばせて頂きました…
佐々木さん…
本当にありがとうございました
そして、お疲れさまでした
ゆっくりお休みください
祖母
やはり祖母を書いたかって?
そうです。私はおばあちゃん子だったから…
私の父方の祖父母は、私が生まれた頃にはすでに亡くなっていたので、全く記憶にありません。
なので、私の祖母は「母の母」になります。
ただ、祖母との思い出を書き始めると、いくら書いてもキリがありません。
だから、ちょっと違う角度で少しだけ。
祖母は90歳を過ぎたあたりから、体が不自由になり、要介護5という、寝たきりの状態になりました。
頭はしっかりしているのに体が動かせない…
祖母からすれば、かなり辛かったと思います。
私たち家族も大変でした。
車イスに乗せるにも、食事をさせるのに起こすのも、全体重を預けられるわけですし…
また、食事もだんだん普通のものが食べられなくなってしまいました。
流動食となると準備するのも大変です。
このままでは共倒れしてしまう…
食事のことが一番のネックになり、結局、特別養護老人ホームに預けることになりました。
毎週末、必ず面会に行ってましたが、私たちが帰宅する時に見せる寂しそうな祖母の顔は今でも忘れることはできません。
祖母は97歳で亡くなりました。
寝た状態で、そのまま亡くなったので、最後を看取ることはできませんでした。
たぶん、例外なく、誰もが自宅で介護してあげたいと思っているはずです
私の母から見れば、自分の母親ですから、なおさらです。
でも、そのための、それなりの環境を作らないと、なかなか自宅で最後まで…はかなり厳しい。
「環境」の中には時間や設備だけでなく、気持ちの『覚悟』の意味も含まれます。
これだけは、本当に経験しないとわかりません。
残念ながら、介護疲れが原因で、親や子に手をかけてしまうニュースが流れますよね。
私には、そうなってしまった結果には納得などできませんが…
ただ、精神的にも肉体的にも追い詰められたようになってしまう部分だけは理解できます。
私の妹が祖母の葬儀の時に「あの時、もっと優しくしてやればよかった。ごめんなさい」と、弔辞で泣きながら謝ってました。
特養に入れたいと思っても待ち人数が多く(私の祖母の特養も40人待ちでした)、またお金も必要なので、簡単にはいきません。
私の祖母は毎月8万円かかりました。
今なら12万円くらいかかるみたいです。
なんにしても、福祉国家とはほど遠い現実。
いつか、いや明日にも、自分もそうなるかもしれないわけです。
だから、もっともっと、しっかりと国が対策を考え、対応すべきだと思います。
こういう部分に税金を使うことには、誰も文句は言わないと思います。
天下りだとか、そういった一部の人間たちだけがいい思いをする時代はもう終わらせて、困っている人に早く手をさしのべられるような国にしたいですね。
あ、( ̄▽ ̄;)
私、議員とかに立候補するるわけではないですから(-_-)
ちと、熱くなりましてすみませんでした(-_-;)
父
昨日、母のことを書いたら…
父と祖母のことをいろいろと思い出しました

今日はなんとなく父のことを書いてみようかな…
繰り返しになりますが、父は10年前に亡くなりました。
父はありがたいことに、私を大学まで行かせてくれました
妹が私立高校だったし、私も私大だったから、経済的には大変だったと思う
父は高卒
実は父も大学に行きたかったのですが、家庭の事情で断念してました…
「自分の妹を高校に行かせるために働いて学費を稼いでくれたんだよ…」
父の葬儀の時におば(父の姉)から聞きました
父の通夜、告別式など一連の葬儀に、述べ1300名の友人・知人、仕事仲間、同級生、地元の町内会の方々など、本当にたくさんの人に来て頂きました。
当たり前ですが父は一般人です

生前はあんまりわからなかったけど、うちの親父はすごい…
葬儀で改めてわかりました
「その人が何をしてきたか、最後の最後でわかる」
私の教訓でもあります。
父がいつも言ってました
「建設は死闘、破壊は一瞬」
人間関係もそうですよね?
亡くなってわかる親の大切さ、そして偉大さ
私はまだまだ若輩者ですが、父のような人間になれるように努力していきたいと思います。
今さらですが…
「ありがとう、親父
」