学校管理職の能力は、だれがどのように評価するのか。
 一般的に、評価は上の者が下の者を評価するという形をとるが、しかし、学校の社会の場合、そのことがはたして正しいのか、疑問が残るのである。学校管理職の場合、上は教育委員会であり、そこがその査定を下すわけであるが、管理職が常時執務するのは、学校であり教育委員会内にあるのではない。しかし、管理職の常の仕事ぶりを見ているのは一般職員であり、その管理職が、一番その管理職の能力の程度を知っている。
 数年前、このようなことがあった。保護者に配布する文書で、教頭が書いている文書があった。その文章は、保護者に対するものとしては甚だ不丁寧であり、また、日本語的に見てもかなりおかしいところがあった。校長は、その記事をまともにも読まなかったため、そのまま学校外に出て公開されてしまったのだが、その文章の拙さは、目に余るものがあった。自分は、公開される前にその文章を見ていたが、まさかそれは訂正が入るだろうと踏んでいた。ところが、すんなり公開されてしまったのだ。その教頭は、体育が専門であり、文章を書くのはあまり得意な人間ではない。(もちろん体育教師が文章が下手だと言っているわけではないので誤解をしないでほしい)。「このような文章を通すのはおかしいのではないですか。」とその後私は、校長に話にいったが、校長はその場でただ謝るだけであった。そして、その翌年の春、その教頭は、校長になってとある田舎の校長になっていったのであるが、たぶんその地で今も日本語としておかしな文章を保護者向けの文書を書いているはずである。(・・はずであるというのは、その当時の教頭の日本語能力にかなり疑問を抱いていたので、このような能力はそう簡単に治るはずがないと思うのでそう書いているのである)。
 つまり、校長になった場合、その文章の誤りや拙劣ささへ、一般職員は訂正することができない立場にあるということである。校長のプライドを気づつけず、やんわりと気を配ってくれる心優しい職員がいれば、たぶん救われるかもしれないが、そうでない場合は、学校の恥をさらすような子尾tになるのである。
 だれが、管理職の能力を適正に図るのか。現在の校長に絶大な権力を持たせた結果、このようなことが起こるのである。