学歴、経歴詐称 彼は作り話ばかりの夢想家だった
アメリカ、カナダ有数の大学に進学、卒業。経営者として経験を積むという、誰もが羨むような人生を築き、アメリカンドリームを体現してきたような経歴である。しかし、それらの輝かしい学歴や経歴が「詐称」であることが被害者団体によって暴かれ、数々の嘘がリストにして公開され一気に信用を失った。バレた数々の詐称とは?◆学歴(虚偽の情報) アメリカ州立大学心理学部を修了:書き方からして詐欺の疑いを誘発しているのである。安易に修了=学位取得を匂わせているのであるが、学位について記載がないのは、学位について無知であるか、常識知らずによるものか、はたまた罪悪感からの遠慮か。 カナダ州立大学経営学部卒業これら2つの大学に問い合わせ調査を依頼したところ「在籍した記録も卒業した記録も確認できなかった」と報告された。その後、自身が関係者の質疑に応じ、これらの大学を入学もしていないことを認めた。◆職歴(虚偽の情報) 真言宗の総本山で修行をした僧侶 ナスダック上場に携わる一般参拝できる寺院の儀式に参加して、あたかも自身が本堂にあがり儀式を執り行う側に加わっているような表現をして、まるで本物の正統宗派の僧侶であるかのように一般市民を騙しているが、実のところ過去に関与したすべての宗派、寺から破門状をつきつけられ、出入り禁止の身となっている。総本山入山は身分を隠し人目のつかない時間帯にこっそり僧の形相をして自撮りするなど痛ましい限りであるが、修行をする資格も僧侶を名乗る資格ももはやどの宗派、寺院からも認められていない、完全にコスチュームを身に纏った仮装拝み屋である。代表をしていた会社がナスダック上場と主張するが、そのような事実も、会社も履歴も存在しない。事実、自身が上場したという会社の名前が明かされた事はなかった。その後、自身で飾り立てた履歴書を提出してしまった各所に対し「履歴書を飾り立て捏造してしまった」と謝罪と訂正。学歴・職歴詐称を認めたものの罪の意識はない。◆生い立ち、家族など(虚偽の情報)また同氏によると、親の実家が寺で子供の頃からお経を詠んでいたというのは全くの嘘で、確認したところによれば母親は熱心な仏教信者であったものの実家が寺という事実はない。どういうわけか、自分でついた嘘の数々を記憶できず、つじつまあわせが困難になる場面が多々あった。そのような主張の背景には、自身に正統な、伝統的な宗教バックグラウンドがなく、いわゆる本物の宗教家から相手にされないことによる屈辱感、劣等感から思い付いたアイデアであったことが見て取れる。以上は分かっている「嘘」のほんの一部であり、ほかにも同氏が吹聴してきた経歴や活動などさまざまな分野における数々の虚偽情報が伝えられている。こうなると一事が万事そうなのだろう。つまり彼の人生そのものが「フェイク」「でっち上げ」に見えてくる。本人に罪の意識はそれほどなく、まるで息を吐くように嘘をつく虚言癖がある人物の可能性は非常に高い。どのような経緯で嘘がバレてしまったか?数々の「詐称」がどのような方法で暴かれたか。被害者団体の代表者によると、端緒を開いたのは同氏がハーバード大学院を吹聴し始めたタイミングだった。「氏が非常に興味深い経歴を歩んできたので、どのような苦労をしてきた人物かもっと知りたいと思った」と訊ねてきたのを取っ掛かりとして、同氏が主張していた学歴について調べたところ、いくら調べても実際に在籍した記録も形跡も見つからなかった。「本人に確認をした時の返答がそのたびに違ったことから我々の間で懐疑心が湧いた」のだと言う。この時点で「彼の人生そのものが嘘の塊なのではないかという懐疑心に変わった」ようだ。思いの外ある学歴詐称疑惑学歴詐称や経歴詐称について、アメリカに住む者はそれほど驚かない。なぜなら、身分証明書をはじめとし、大学卒業証明書、運転免許証、新型コロナのワクチン接種証明書に至るまでさまざまな偽のID(身分証明書)や証書がこの世に出回っているからだ。同氏のように、アメリカ超名門私立大学の夏期講習を、しかもオンライン受講しただけで「卒業」と豪語し大風呂敷を広げる輩もたまにいると聞く。世知辛い世の中には、驚くほど「偽」が出回っているのだ。もちろん優秀な人物がアイビーリーグなど超有名大学卒業なのは、何ら不思議なことではない。ただ、有能な人ならわざわざ言わなくても自然と伝わるものをあえて大学名入りのトレーナーを着たり、持ち物にステッカーを貼ったりすることに違和感を感じずにはいられなかったのだという。事実であるのであれば学歴に含めるのはやぶさかではない。同氏への特別な役職任命のために履歴書を受け取ったとある日本団体の担当者によれば、裏を取るため「修了証明書を見せてもらえないか」と丁重にお願いした。同氏は、メールの添付ファイルで修了証明書のコピーのようなものを送ってきた。英語を読むことができる担当者であったが、残念ながらその証明書を本物と認めることはできなかった。なぜかというと、その証明書とされるものには同氏の本名が書かれていなかったからだ。大学のアドミニストレーションオフィスに連絡を取り、その証明書を確認してもらおうとしたが、大学側では何の修了証明書なのか確認できないという。アメリカの大学の証書のはずだが、大学側でさえ解読できない紙切れが疑念に変わったという。調査のため検索をしてみると、オンライン上で似たような偽の卒業証明書がたくさん販売されていることに気づいたのだそうだ。少なくとも裏を取れない情報を認めることはできないと、団体側は丁重にお断りをしたのである。オンライン上では数多の偽りID、証明書などのフォーマットが自由にダウンロードでき、悲しきかなそれが現実世界である。あらゆる物(人物)について、本物か否かの判断基準として「自分の目で(心で)確かめたものを信じる」ことが大事なのである。騙された、騙された、と被害を訴えるばかりでなく、自分の見る目がなかったことを嘆くべきだろう。