取材で雪深い裏磐梯を訪れたミステリ作家・有栖川有栖はスウェーデン館と地元の人が呼ぶログハウスに招かれ、そこで深い悲しみに包まれた殺人事件に遭遇する。
臨床犯罪学者・火村英生に応援を頼み、絶妙コンビが美人画家姉妹に訪れたおぞましい惨劇の謎に挑む。
国名シリーズ第二弾の長編ミステリ。
※ねたばらしを含む感想なので、未読の方はお読みにならないように。
アリスが取材のため訪れた裏磐梯のペンション。
少し離れた隣家には、スウェーデン館と呼ばれる北欧風のログハウスがあり、そこには、
童話作家のリュウ、その妻である美しきスウェーデン女性のヴェロニカ、
リュウの母親である育子、ヴェロニカの父親であるハンス、リュウの従弟の葉山悠介、
の五人が住んでいる。
そこに、画家である綱木淑美、輝美の姉妹、建設会社社長の等々力の三人が遊びに来ていた。
淑美はリュウの絵本に挿絵を付けており、等々力はスウェーデン館を建設したという縁で友人関係になったのである。
リュウ夫妻にはかつてルネという息子がいたが、七歳の頃、近くの沼に嵌まって幼い命を落としていた。
……という背景のもと、殺人事件が起こるのである。
スウェーデン館の離れに泊まっていた淑美が撲殺されたのだ。
本来、離れに一緒に泊まっていたはずの輝美はヴェロニカと飲んでいたのだが、酔いつぶれてルネが使っていた部屋で寝かされていたため、淑美は一人きりだった。
早朝にトイレに立ったリュウが母屋の窓から離れの煙突がポキリと折れているのに気が付き、様子を見に行ったところ、ドアが開いており彼女の無残な姿を発見したのだ。
雪の降り積もった離れに向かう道に付いた足跡は、
淑美が母屋から離れに向かったであろう片道分のものと、
発見者のリュウが付けた往復のものしか無い。
リュウには死亡推定時刻にアリスと共にペンションで歓談していたためしっかりとしたアリバイがある。
外部から何者かが侵入した痕跡もなく、とすれば、犯人の足跡が存在しなくなってしまう。
アリスは「リュウが犯人を庇うために足跡を踏み潰しながら歩いたのではないか?」とか、「リュウが死体発見後に皆と一緒に駆けつけなかったハンスが犯行後も離れに留まって隠れていたのではないか?」とか、相変わらずの推理を披露し、それをことごとく否定される。
小説的に言って、推理の余り詰め潰しがアリスの役回りなので非常に損だなあと思う。
彼も(珍説にせよ推理をいくつも立てられる時点で)決して愚鈍ではないのだが。
火村は「こっちに行くと行き止まりだということを教えてくれるので役に立っている」とアリスを評価しているが、この評価もどうなんだ(笑)
その後、火村がアリスの要請によって駆けつける。
「俺の電話の後、すぐに飛んで出てきたんやな?」
彼はキャメルを横くわえにしたまま頷いた。
「そう。風のように」
「気障ったらしいやっちゃな。風が電車に乗るか」
このやり取り好き。
火村が解決に向かう最大のヒントは輝美の指に付いた傷。
淑美が殺害された夜にはその傷はなく、おそらく酔った輝美がどこかで傷つけたのだろうと推測されていた。
(彼女は泥酔していたためその夜の記憶は基本的に無い)
しかし、葉山に渡したヴァレンタインのチョコレートの薔薇の花飾りに少量の血痕が認められたのだ。
この血痕が輝美のものであるとしたら、離れに保管されていたチョコレートの箱で、母屋で飲んだくれていた彼女が指を傷つける機会は無かったはず。
なのに、指を怪我したということは、輝美は事件当夜、一度離れに戻ったということになる。
そこから火村が導き出した結論。
輝美は一度離れに戻っており、淑美のものと思われていた足跡は彼女がつけたもの。
犯行は母屋で行われており、犯人はリュウの靴を履いて淑美の死体を背負って離れに行った。
帰りは輝美を担いでまた戻ってくる。
巨漢のリュウが付けた足跡に見せかけるために往路は淑美、復路は輝美を背負っているのだから、
犯人のおよその体重はリュウの体重マイナス姉妹の体重であること、
姉妹を担いで往復できる体力があることが犯人の条件になる。
よって……犯人はヴェロニカ。
折れた煙突はリュウが早朝に離れに行くための理由をつくる目的で折った。
有栖川有栖さんは、足跡の不思議による密室が好きだな。
まあ、正直言って、もはや手垢のついたこのアイディアに画期的な解決があるなんて思って読んでいるわけでないのだけれど、
論理に矛盾も不自然さもなく、美しい解法であったと思う。
(もちろん謎自体も美しい)
殺害されるのはたった一人でトリックもひとつ。
非常に地味なお話で、短編でなく長編を構成するには(一見すると)不十分に思えるだけれど、水増し感は一切無く、最後まで退屈することなく読めた。
スウェーデン館の人々のキャラクタや、アリスと火村の掛け合いなど、読みどころはたくさんある。
トリックも含め非常に綺麗にまとまった、ミステリ小説のお手本のような一冊だと思う。
「(前略)しかし、私なら『僕にまかせて』という言葉は使わない。まして、自分が童話作家であり、その言葉を通して多くの子供たちに大切なものを伝えたことがあるのなら」
この言葉がすべてだろう。
夫妻を責める気持ちはない。
でも僕でさえ彼らのしたことを許したくはないし、まして火村ならなおさらだろう。
二人の父親と母親はちょっと可哀想だと思うけれど…でも待ち続けて欲しい。
いつかまた笑って皆が揃う日が来ることを信じて。