「バイバイ、ブラックバード」 伊坂幸太郎 双葉社 ★★★★★ | 水底の本棚

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しがない書店員である僕が、
日々読んだ本の紹介や感想を徒然なるままに書いていきます。

書店のオシゴトの様子なんかも時々は。
本好きの方、ぜひのぞいてみてください。

星野一彦の最後の願いは何者かに〈あのバス〉で連れていかれる前に、五人の恋人たちに別れを告げること。
そんな彼の見張り役は「常識」「愛想」「悩み」「色気」「上品」……これらの単語を黒く塗り潰したマイ辞書を持つ粗暴な大女、繭美。
なんとも不思議な数週間を描く、おかしみに彩られた「グッド・バイ」ストーリー。

 

バイバイ、ブラックバード (双葉文庫)

 

決してイケメンというわけではないし、プレイボーイ的キャラクタでもなく、どちらかと言えば誠実で真面目な男なのに、なぜか5股をかけているという星野一彦。
ちょっと浮世離れした感性と、弱弱しいところが母性本能をくすぐるのだろうか。
それにしても現役で活躍するトップ女優までもその5股の中に含まれているのはさすがに解せないぞ。

どんな理由で彼が〈あのバス〉に乗らなければいけないことになったのか、
そもそも〈あのバス〉って何なのか、
それは最後までわからないのだけれど、このあたりは「伊坂幸太郎さんだし」ということで納得するしかない。

こういうとっぴな設定をすんなり受け入れさせてしまうのが伊坂節なのだ。

この星野君の「5股をかけていた女性たちにお別れをする行脚」に同行するのは、形容するのが難しいほど破壊力抜群の怪物女、繭美。
(実写化に際してはマツコ・デラックスを起用すべきとの声多数)


廣瀬あかり

第一話ということもあって、別れを告げられたときのリアクションがごく当たり前で受け入れやすい。
そうなるよねフツーは、という感じ。
こんなプロレスラーみたいな女と結婚するから別れて下さいと言われたところで、はいそうですかとはならないよね。

しかし、ありえない別れないと主張するあかりに対し、じゃあ星野君がラーメンの大食いに成功したら別れるってことでいいな、と繭美に無理やり決められて、付き合っちゃうあたりがあかりもフツーじゃないのかも。

ジャンボラーメンの結果は、星野君が隣の青年(もし完食できたら恋い焦がれている女性とデートできる)を手伝ってあげたため、自分はクリアできず。
こういう星野君のお人好しが計算とか打算とかだとアレなんだろうけど、これを素でやっちゃうからなこいつは。
だからモテるんだよな。

「でも、予想を裏切ることもある、って見せつけたかったんですよ。男を見損なうなよ、って」


霜月りさ子

りさ子には海斗という小学一年生の息子がいる。
彼女はバツイチということもあって、星野君の別れたいという希望をあっさりと受け入れる。
仕方ないね、という感じ。
人生であまり良いことがなかった彼女は、そもそも何かに期待をすることがないのだろう。
そんなりさ子のために、星野君は何かしてあげたいと考え、繭美にサンタクロースの格好をしてプレゼントを置いて来てくれとお願いする。
フツーなら「この偽善者が!」という感じなんだけど、星野君の場合、これが完璧に素でやっているから憎めない。
息子の海斗君の名刺のくだり、とてもかわいくて好きです。

サンタクロースが名刺交換するのかよ、と繭美は喚き、その台詞は夜の街中にわんわんと響いた。たぶん、海斗君は、「名刺を切らしている」と言ってくれるのではないかな、と期待する。


如月ユミ

まさかのキャッツアイ。
星野君との別れよりもよっぽど大事なことがあるようで、心ここにあらず。
他の四人とはここらへんがちょっと違うんだよね。
最後のシーンで、ぐるぐる巻きになったロープを担いで颯爽と歩いていくユミを見て、「今度はどこに行くんだよ」と苦笑する繭美の気持ちはよくわかる。ホント、どこで何するんだよこの娘は。


神田那美子

いちばん好きな話。
病院の整理券「115」=「一彦」のゴロ合わせを見てにこにことしている彼女はとても可愛らしい。
できることなら、この強引なゴロ合わせのご利益で彼女の癌が何かの間違いであって欲しいと、星野君ならずとも心からそう願う。

僕と繭美はその場を後にする。一度だけ立ち止まり、頬を触りながら、後ろを見た。その時も神田那美子はまだ、にこにこと番号札を見ていた。


有須睦子

五人目の彼女はまさかの女優。
それも、名ばかりの売れない女優などではなく結構売れっ子の女優さん。
何とも意外だった。

ラストシーンは繭美が星野君をもしかしたら助けに行くかもしれないというところで終わる。
「人助け」なんて文字は彼女の辞書には残っていないけれど、それでも。

バイクのエンジンが十回のキックでかかったら助けに行こうと繭美は決心する。
読者はたぶん誰もが想像する。
十回目のキックで間違いなくエンジンはかかったのだと。