「遠い唇」 北村薫 角川書店 ★★★★ | 水底の本棚

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しがない書店員である僕が、
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本好きの方、ぜひのぞいてみてください。

小さな謎は、大切なことへの道しるべ―ミステリの巨人が贈る極上の謎解き。
小さな謎は、大切なことへの道しるべ。

■「遠い唇」
コーヒーの香りでふと思い出す学生時代。今は亡き、姉のように慕っていた先輩から届いた葉書には、謎めいたアルファベットの羅列があった。
■「解釈」
『吾輩は猫である』『走れメロス』『蛇を踏む』……宇宙人カルロロンたちが、地球の名著と人間の不思議を解く?
■「パトラッシュ」
辛い時にすがりつきたくなる、大型犬のような同棲中の彼氏。そんな安心感満点の彼の、いつもと違う行動と、浴室にただよう甘い香り。
■「ビスケット」
トークショーの相手、日本通のアメリカ人大学教授の他殺死体を目撃した作家・姫宮あゆみ。教授の手が不自然な形をとっていたことが気になった姫宮は、《名探偵》巫弓彦に電話をかける――。

 

遠い唇

 

 

「遠い唇」

この表題作が一番好き。

ミステリ的には「暗号」ものです。

もしこの暗号を主人公が読み解いていたらどうなっていたのだろう。

誰にもわからないし、わからないことがとても切ないのです。

 

「しりとり」

これも「暗号」もの。

北村薫さんの作品には、日本語の美しさや面白さを改めて実感するものが多いのですが、これもそのひとつですね。

俳句や短歌に一家言持つ北村薫さんだけに、とても良くできた掌編になっています。

つくっているとき、きっと北村先生は楽しかっただろうなあ。

それとも先にこの仕掛けを思いついたから、それを作品にしたのかな?

 

「パトラッシュ」

夢の話。

あまり他人の夢の話って聞いていても面白くないですよね。

どんなに荒唐無稽な話もアリですからね。

 

「解釈」

藤子・F・不二雄先生の短編に同じ趣向のものがありました。

藤子先生が扱っていたのは「ロミオとジュリエット」、北村先生は漱石、太宰、そしてなんと川上弘美です。

オチ含めて物語として出来の良かった藤子先生に軍配が上がります。

 

「続・二銭銅貨」

乱歩のパロディでありパスティーシュ。

単独でもわりと楽しめますが、原典を読んでいた方が面白いと思います。

 

「ゴースト」

この「ゴースト」は幽霊ではなく、ブラウン管時代のテレビで起こっていた現象。

今の若い人たち(とか言うとイヤーな気分になるけど)にはわかりづらいかもしれません。

ただの人違いを「ゴースト」に重ねて、日常の謎ミステリ仕立てにしているのはさすが。

 

「ビスケット」

ストーリーがどうの、ということではなく、またあゆみちゃんと巫名探偵に出逢えたことがとにかく嬉しい。

「太宰治の辞書」では成長した「私」(成長し過ぎ)に出逢えたけれど、この二人にもまた逢えるとは思っていなかったのでびっくりしました。

ミステリらしさという意味ではこの作品が一番ミステリらしい。

殺人事件、起こるし。

 

トリックそのものは有栖川有栖さんの作品で同じモチーフを扱ったものがありましたので、それほど目新しさはありません。

しかし、この作品の眼目は「ネットで検索することで誰でも名探偵になることができるかもしれない」という点に言及していることだと思います。

 

ただ、謎を解くことはできてもそれがイコール事件の解決になるとは限りません。

事件を解決するためには、知識ではなく知識をどう結び付けるかということ、そして、人の心をどう読み解くかということが大事なのです。

 

この物語はそれもまた語っています。

 

やはり、名探偵はいつの時代においても必要とされる。

そんな風に思いました。

 

「わたくしも、いささか本を読み、そして――人生もまた、読みました」