「神様がくれた指」 佐藤多佳子 新潮社 ★★★ | 水底の本棚

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本好きの方、ぜひのぞいてみてください。

出所したその日に、利き腕に怪我を負ったスリ。ギャンブルに負けて、オケラになったタロット占い師。思いっ切りツイてない二人が都会の片隅でめぐりあった時、運命の歯車がゆっくり回り始めたことを、当人たちはまだ知らない。やがて登場するもう一人がすべてを変えてしまうことも。「偶然」という魔法の鎖で結ばれた若者たち。能天気にしてシリアスな、アドベンチャーゲームの行方は。


神様がくれた指 (新潮文庫)



※物語の核心部分に触れています。未読の方はご注意を。




辻は自分に怪我を負わせ、同じスリ仲間の西方の右腕を奪ったスリグループの若者を探す。


昼間は彼のもとを訪れたどこか淋しげで自分のことを語ろうとしない女子高生、永井のことを心配する。


お互いが同じ運命の輪の中にいることを彼らは知らない。


僕は暴力的な物語も好きじゃないし、アクションシーンも面白いとは思わない。


辻牧夫は愛すべき青年だけれど、スリという犯罪に魅入られたアンモラルな男でもなる。


彼のすべてを受け入れて好意的に思えるような主人公ではない。


昼間も一緒だ。


昼間は優しいし人の運命を弄ぶようなインチキ占い師ではない。


けれどいつまでも同じ場所に留まっているだけで何一つ動こうとはしない彼に対してもさほど好感は抱かなかった。


ワルガキどもを捕まえてとっちめる。


そういう勧善懲悪の単純なストーリーでよかったのに。


最後に辻が再びスリをはたらいてまた刑務所に逆戻りする理由なんてないのに。


単純な僕はそう思った。


ワルガキどもの末路も一切語られない。


永井に救われた春樹はその後どうしたのか、リーダーを失った永井たちはどうしたのか。


そういうこともまったくわからない。


ただ、昼間と辻が歩き出したことだけはわかった。


今度は今までよりももっとマシな道を。



「(前略)真剣な言葉というのは、意外と耳の奥に残るものなんです。その場ではわかったとは言わなくても、大事な人からの真剣な言葉は必ず心に残って、いざという時に効き目をもちます」



あまり好きになれない登場人物たちの中で唯一好感が持てたのが咲だった。


病弱で自分のことを「私は役立たずだし」と言ってしまうけど、本当はとても強い女性。


そんな咲が勇気を振り絞って真剣に訴えかけた言葉は辻には届かなかった。


だから今度こそ。


彼女のためにも辻がまっとうな道を歩いていってくれるといいのになあと心から思った。