「ミッキーマウスの憂鬱」 松岡圭祐 新潮社 ★★★ | 水底の本棚

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本好きの方、ぜひのぞいてみてください。

東京ディズニーランドでアルバイトをすることになった21歳の若者。友情、トラブル、恋愛……。

様々な出来事を通じ、裏方の意義や誇りに目覚めていく。秘密のベールに包まれた巨大テーマパークのバックステージを描いた、史上初のディズニーランド青春小説。


ミッキーマウスの憂鬱 (新潮文庫)


自慢じゃないがディズニーランドには二回しか行ったことがない。


自分の名誉のために一言言及しておくとするならば、


別に一緒に行く相手がいなかったわけではなく、


ただ単に相手が「行きたい」と言ってくれなかっただけのことだ。


ディズニーランドは男の方から「行きたいよ」と言うべき場所ではない。


たぶん。



さて、本書を読んで思ったこと。


これ、ディズニーランドに怒られないの?


ディズニーランドと言えば、どんな漫画でも小説でも伏字にしたり、


または“ネズミーランド”のように若干改名して書かれている場所。


ミッキーマウスの中の人などいないと明言しているような“夢の王国”なのに?


日本一有名なテーマパークにもかかわらず、誰もが腫れ物に触るように扱っている遊園地なのに?



インターネットの片隅に細々と存在している僕のブログでさえ、


ここは「ディ○○―ランド」とかにしておいたほうがいいのかも……とか思ってしまうほどなのに(笑)



でも、物語そのものは完全なるフィクション。


ディズニーランドという実名を使用しているのは、


巨大テーマパークというものの象徴であるディズニーランドを使うことで読者がイメージし易くしたかったというだけのことだろう。



作者が書きたかったのは、ディズニーランドの裏話ではなく、


そこで働く人々がどのように夢を作り出しているかなのだと僕は思った。



主人公は後藤大輔という新人。


彼はまだ右も左もわからない状態で入社したにもかかわらず、意気込みだけは一丁前。


関係ない部署にも首をつっこみ、ベテラン職員たちに煙たがられている。


言ってみれば、困った張り切りボーイなのだ。



ところがこの張り切りボーイが、ディズニーランド存続の大ピンチを救う。


周囲もまた、彼の頑張りを認めるようになる。


久川が後藤に「ミッキーマウスを救え」と指示する場面など、


室井管理官と青島刑事のやり取りを思い出してちょっと可笑しかった。


この物語はディズニーランドの裏舞台を暴こうとした悪意のある作品ではもちろんない。


ミッキーマウスの中にはむさ苦しいオッサンが入っているんだよと教え、


少年少女の夢をぶち壊そうという企図があるわけでもない。



ここで語られていることは、夢は――簡単には成り立たないということだ。



夢を裏で支える人々がいるから、甘い夢を見て夢の国で楽しく遊ぶことができるのだということだ。


そして、そこで働く人々もまた、自分たちが夢を作っている一員であることに誇りを持って頑張っているということだ。



これはディズニーランドに限らない。


働くってことはそういうことだ。


それを忘れていては、いい仕事なんかできない。


楽しく仕事なんかできない。



そんな当たり前のことを再認識させてくれる作品だと思った。