プロ野球投手として活躍していた倉沢修介は、試合中の死球事故が原因で現役を引退した。
その後、雑用専門の便利屋を始めた倉沢だが、その業務の一環として「付き添い屋」の仕事を立ち上げることになる。
そんな倉沢のもとに、ひとりの人妻が訪れる。
それは「今週の水曜、私の息子がサッカーの観戦をするので、それに付き添ってほしい」という依頼だった。不可思議な内容に首を傾げながらも、少年に付き添うことになる倉沢。
その仕事が終わるや、またも彼女から「来週の水曜もお願いします」という電話が入る。
不審に思った倉沢は…。
ハートウォーミング・ミステリ。第25回横溝正史ミステリ大賞受賞第一作。
連作短編のような形で物語は進行していく。
「子供のスポーツ観戦への付き添いに4万円の料金を払う母親」だとか、
「身請けしたフィリピン人女性を無事飛行機に乗せる」だとか、
それって仕事なのかよと言いたくなるような奇妙な依頼が倉沢のもとには舞い込んでくる。
依頼そのものはシンプルで易しいから、そのまま何も考えずに遂行していれば何の問題もないことばかり。
ただ、倉沢にはそれができない。
プロ野球の世界からドロップアウトし、世の中を斜に見ることしかできなくなっている倉沢の眼には、
その依頼が額面通りのものではないことが透けて見えてしまう。
見えてしまったら動かずにはいられない。
晴香にどやされながらも、真実を掘り起こしたくなる。
そうして掘り起こしてしまった真実からは倉沢は逃げられない。
何とかそれを解決しなければ納得できない。
なぜなら、倉沢はすでに真実から逃げてここにいるから。
もうどこにも逃げる場所はないから。
※このあと、ちょっとねたばらしが入ります。
いつも事務所の窓辺にぼんやりと座っている西野真佐夫が本当は病院のベッドの上にいるのだという真実は正直、驚きだった。
「幻でした」「妄想でした」というのはいわゆる夢オチに近いものがあって、
はっきり言って好きではないし、使うべきではないとも思っている。
伏線がちゃんと張られていて後で納得できればまだしも、
本作の場合、伏線らしい伏線は皆無だからなおさらだ。
(ただし真佐夫が倉沢に言ったいくつかのセリフや散歩のシーンなどこれを伏線と考えると読み返して楽しいものではある)
とは言え、本作は本格ミステリではないし、
この「夢オチ」もトリック云々という話ではなくドラマ上のいち演出に過ぎない。
そう考えるとまあ、許容範囲かなという気はする。
前半のハートウォーミングな連作短編と、後半の重苦しくシビアな展開が無理なく融合しているし、
そのドラマを繋ぐ「影の主役」である晴香もよく描けている。
全体的に見て満足のいく作品。
ただ、タイトル含め、倉沢が元プロ野球選手であることの意味があまり感じられなかったのが残念。
もう少し物語のメイン部分に絡めることができるか、
もしくはタイトルはこれじゃないほうがよかったかもしれない。