「あなた、百舌鳥魔先生は本当に凄いのよ!」
妻が始めた習い事は、前例のない芸術らしい。
言葉では説明できないので、とにかく見てほしいという。
翌日、家に帰ると、妻がペットの熱帯魚を刺身にしてしまっていた。
だが、魚は身を削がれたまま水槽の中を泳ぎ続けていたのだ!
妻が崇める異様な“芸術”は、さらに過激になり…(表題作)。
他に初期の名作と名高い「兆」も収録。生と死の境界をグロテスクに描き出す極彩色の7編。
「玉石混交……というのが印象かなあ」
「ホラー、基本的にはそんなに好きじゃないもんな」
「いやあ。ホラーが嫌いってわけじゃないんだよ。グロい描写もわりと平気。
苦手なのはさ、不条理なホラーというか……ラストが今ひとつオチてないヤツが苦手」
「この短編集で言うと?」
「最初の『ショグコス』なんかはそうかな」
「筋はわりとすっきりしていると思うけど……?」
「筋は確かにすっきりしているんだけどさ、オチに衝撃がまるでないだろ。
ロボットが人間の外皮を着込んでいるっていうのもグロというよりは、どこかコミカルでギャグみたいだ」
「そうか……でも次の『首なし』なんかは面白かったんじゃない?」
「そうだね。オチは途中で見えるけれど、着地までがすっきりしていると思う。
首なしの人間に無理やり跨って子づくりしちゃうところなんてエロとグロが見事に融合されているな」
「ああ、あのシーンはもっとしっかり描き込んでも面白かったかもね」
「『兆』は名作なんて言われているけれども、僕にはちょっと今ひとつだったな」
「誰にでも望みの夢を見させることのできる存在、兆(きざし)……ちょっと怖いよね。
でも、不条理ホラーの領域にかかっているところがダメなのかな。
一般的には、こういうホラーはウケるし、いかにも典型的なホラー作品って感じもするのだけれど」
「いや、実際面白いとは思うよ。僕の好みじゃないというだけで」
「『朱雀の池』は京都の文化を空襲から守ろうとするアメリカ人のお話だけれども」
「うーん……これは描きようでもっと面白くなったような。
どっちにしてもホラーというよりは、巧いSFショートショートという印象だけれどもね」
「『密やかな趣味』はなかなか感心したんじゃない?」
「人間と見分けがつかない若い男のアンドロイドを買って、変態的なプレイを楽しむ女性かあ……」
「こういうオチが待っているんだろうなあ、と思わせておいて……」
「そこに素直に落とさないところがいいな」
「それをラスト一行でさらっと説明するところもスマートでいいよね」
「読者をイヤーな気分にさせておいて、ラスト一行で救うというね。
普通のホラーは逆をいくものだからな。
ラスト一行で絶望的な気分にさせる、というような感じで」
「いわゆる夢オチに近い感じかな。
とんでもない話を読ませちゃいましたけど、実は夢なんですよーみたいな」
「そうだな。それで読者はホッとできる。これは巧い」
「『試作品三号』はわけがわからなかったよ」
「バトル漫画読んでるみたいだったな。これもホラーと言えるのかな」
「妖怪が出てくればホラー、ってわけにはいかないと思うけれど」
「まあ、そうだな」
「最後は表題作の『百舌鳥魔先生のアトリエ』だけど」
「グロの描写で言ったら、これが一番かね」
「想像しただけで気分が悪くなるよ」
「ストーリーそのものはシンプルなんだよな。こういうオチに向かうんだろうなっていう…そのまま」
「そのぶん、ホラーの王道という感じもするね」
「小林泰三のホラーに期待されているのはこういうやつかもね。
僕自身は好きか嫌いかで言ったら……」
「好きじゃないんでしょ?」
「まあね(笑)」