詐欺を生業とする中年二人組の生活に、一人の少女が舞い込んだ。
二人は戸惑うが、同居人はさらに増え「他人同士」の奇妙な共同生活が始まった。失くしたものを取り戻すため、過去と決別するため、彼らが企てた大計画とは?
※ねたばらしありです。未読の方はご注意を。
「心から祈った。彼らの詐欺が成功してほしいと」
「それじゃ、小説にならないんじゃない?」
「詐欺が成功してめでたしめでたし。悪人たちが馬鹿を見て主人公たちは幸せになりましたとさ。
それじゃ小説にならない。オチがつかない。
彼らが窮地に陥らなければ山場がない。もちろんそれはそうだろうさ。
でも、僕はそれでもいいから成功してほしいって思った」
「小説としての面白さなんてどうでもいいってこと?」
「それよりも、彼らの笑顔が見たいって思ったんだ」
「そんなに感情移入しちゃったってわけ?」
「彼らの人生を捻じ曲げた悪徳金融業の連中にひと泡吹かせて、それで彼らの人生を再出発させてほしいって思ったんだ」
「でも、その願いは……」
「そうだな。僕の願いは虚しかった。彼らの計画は成功などしなかった。
完璧に見えたタケさんの計画も全部、悪人たちの掌の上だった。相手のほうが一枚も二枚も上手で、アホウドリはタケさんたちのほうだった」
「せつないよね」
「でもさ。でも。それでよかったんだって思った。
彼らの計画が成功して、大金を手にして、それでそのお金を山分けにして人生を再出発させるなんて甘い夢だったよな。甘すぎる夢だった」
「確かに、それはそうだよね。
それじゃ、タケさんの心にずっしりと乗っかっている重しはとれはしないもんね」
「まひろたち姉妹の母親を自殺に追い込んだという罪の意識は、タケさんに残ったままになるからな」
「彼に必要なのは悪徳金融の連中に仕返しすることでも、大金を手にすることでもなくて、まひろたちにすべてを告白して許しを請うことだったってことかな」
「ああ。彼女たちがそれを許そうが許すまいが、それでも彼にできるすべては『隠す』ことじゃなくて、心を開くことだったんだよな。
それは詐欺師には出来ないことだから。だから、彼らの詐欺が成功しなくてよかったんだ」
「タケさんを許せたまひろとやひろにとっても、火薬の恐怖を何となくいきがかりで克服してしまった貫太郎にとってもね」
「結果的に、この計画が成功するかどうかなんて、彼らの倖せにはほとんど関係なかったってこと」
「うん、そうだよね。
彼らの本当の望みは叶ったのだし、逆に言えば計画が成功しなければ彼らの望みは叶わなかったかもしれない。だからこれはハッピーエンドなんだよ」
「でも、このハッピーエンドの先に、もうひとつどんでん返しがあるんだ」
「ああ、これは結構驚いたよ」
「タケさん、まひろ、やひろ、貫太郎。この四人だけでなくテツさんにも願いがあった。望みがあった。
そして、悪人たちの掌の上で踊らされていたと思っていたタケさんは、実はテツさんの掌の上にあったのだと知る」
「リーダーであるタケさんの後ろをちょこちょこと着いてきているだけのように見えたちょっと頼りないオジサンだったテツさんが本当の黒幕だったなんていうのは……」
「伏線もしっかりしていて、着地も綺麗。
ありがちかもしれないけれど、ミステリ的に十分面白いと思えるよ」
「テツさんは『詐欺師なんて人間の屑だ』って言うじゃない。
確かに、テツさんの奥さんでまひろたちの母さんは詐欺みたいなものに引っ掛かって死ななければいけなかったし、タケさんはその片棒を担いでいたことで大切なものを失った。
でも、テツさんの詐欺の技術がなければこのハッピーエンドはなかった。
詐欺で作った負い目は詐欺で消せた。
これは、そう悪い結末じゃないと思うんだよ」
「きっとまだいろんなことが間に合う。これからだって。
そんなふうに思えたね」