もしも、延長後半のマウリシオ・ピニージャのシュートがわずかに数センチ下だったら。
開催国であるカナリア軍団はベスト16で姿を消していた。
それほど、惜しいシュートだった。
チリにはいくつもチャンスがあったわけではない。
同点ゴールでさえも、エドゥアルド・バルガスがフッキの一瞬の隙をついてパスを強奪した、
かなり強引なゴールで、決してキレイな形で奪ったものではない。
全体的にはブラジルの多彩な攻撃に防戦一方で、
ゴール前の水際で何とか食い止めているという印象だった。
それでもチリは「ここだけはやられたくない」というポイントをきっちり抑え、
ブラジルに完全に主導権を渡しはしなかった。
アレクシス・サンチェスを中心に数少ないチャンスをシュートまで持っていき、
ブラジルのゴールを何度も脅かした。
このゲームを見て、チリのサッカーを守備的で消極的なプレイだと言う人間はおそらくいない。
どうやったら王者相手に大番狂わせを起こせるか、
必死に考え、必死にプレイしていた結果だと、誰もが賞賛するだろう。
日本の予選での三試合を(日本人以外で)記憶している人はきっといないが、
この日敗れたチリのことをブラジル人はきっと忘れないだろう。
ワールドカップではしばしば「燃え尽き症候群」という現象が起こる。
たとえば、98年フランス大会でのベストバウトは準決勝のブラジル対オランダだと僕は思っている。
このときのオランダは攻撃陣に最強のタレントが揃っていた。
クライファート、ベルカンプ、ゼンデン、セードルフ、ダーヴィッツらのファンタジー溢れる多彩な攻撃は、
観る者を魅了した。
準決勝でオランダはブラジルの前にPK戦で敗れることになるのだが、
オランダをやっとのことで下したブラジルは、決勝ではもはや抜けがらのようになっていた。
ブラジルはフランスに敗れたのではなく、オランダに敗れたのだと僕は思っている。
この大会、もしも、次の試合でブラジルが敗れるとしたら、
その一因として、間違いなくこのチリとの激戦が影響しているだろう。
敗れても人々の記憶に残るゲームをする。
そういうゲームがいつか日本にもできるだろうか。