旅を続ける英国人少年クリスは、小さな町で家々の扉や壁に赤い十字架のような印が残されている不可解な事件に遭遇する。
奇怪な首なし屍体の目撃情報も飛び交う中、クリスはミステリを検閲するために育てられた少年エノに出会うが…。
書物が駆逐される世界の中で繰り広げられる、少年たちの探偵物語。
本格ミステリの未来を担う気鋭の著者の野心作、「少年検閲官」連作第一の事件。
※ねたばらしありの感想です。
本書の舞台は書物の所持が禁じられた世界です。
当然、「ミステリ小説」も存在しません。
ですから、「密室」も「アリバイ」も存在しません。
首を切断された死体があれば、被害者を誤認させるトリックを疑うのがミステリの定石ですが、
登場人物の誰ひとりとして、そんなことには思い至りません。
それどころか、首なし死体を自然死として扱おうとする始末。
「ミステリのトリック」を集積させた「ガジェット」と呼ばれる石を持つ者だけが、
ミステリのトリックを自在に操り、世界を翻弄することができるのです。
物語は、「序奏 箱庭幻想」と「間奏 鞄の中の少女」を間に挟みつつ、
失われた「ミステリ」を求めて旅をする英国人少年・クリスを主役として進行していきます。
このクリス少年、父親からもらったという宝石の嵌まったチョーカーをしているのですが、
この宝石が「ガジェット」であることは誰にでもわかります。
それ自体は物語の小道具のひとつにすぎないので、
まあ、わかってしまったところで別にかまわないのですが、
それにしてもわかりやすすぎて面白味に欠けるように思えました。
同じように、犯人の殺人の動機である「紙を得ること」が、
ミツマタやコウゾを栽培しているというところで読者にすっかりわかってしまい、拍子抜けします。
伏線と呼ぶには当たり前過ぎて、ちょっと勿体ないかなと感じました。
ただ、この事件自体は「書物がない世界」でしか起こりえない犯罪であり、
そういう意味では世界観とトリックが見事に調和していると言えるでしょう。
「序奏 箱庭幻想」と「間奏 鞄の中の少女」という摩訶不思議なふたつのサブストーリーも、
「書物が存在しない世界」ならではの謎が仕掛けられていて、その解決も腑に落ちます。
言い換えれば、これは「世界」が「トリック」に奉仕することで成り立つミステリであり、
わざわざ、こういう世界観を構築したことに意味があると言えます。
作者は「トリック」を先に作り上げ、だからこそそれが成り立つ「世界」を作り上げたのでしょうか。
それとも、こういう「世界」を構築し、そこで起こり得る「トリック」を考え出したのでしょうか。
それがどちらであったとしても物語の魅力には関係ありませんが、
知りたいような気がしてしまいます。