「風が強く吹いている」 三浦しをん 新潮社 ★★★★ | 水底の本棚

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しがない書店員である僕が、
日々読んだ本の紹介や感想を徒然なるままに書いていきます。

書店のオシゴトの様子なんかも時々は。
本好きの方、ぜひのぞいてみてください。

第86回箱根大学駅伝は往路を東洋大が制しましたね。

ランナーのみなさん、おつかれさま。

復路も怪我なく完全燃焼できますように。


さて、我が母校は、と……。


下から数えたほうが早い(泣)


まあ、いいのさ。

シード権取れなくとも、とりあえず出場できていれば。それで幸せ。

だって昨年は出ることすらかなわなかったんだもんな。


出られて当たり前だと思っていました。昨年までは。

箱根駅伝の予選があんなに過酷だなんて知らなかったから。

短距離レース並みのタイムの凌ぎ合いをしているなんて想像もしていなかったから。

そもそも、予選も「駅伝」をやっているんだと思っていました。


そんな無知な僕に駅伝の面白さ、過酷さ、そして素晴らしさを教えてくれたのはこの本。

ぜひみなさんも読んでみてください。


「風が強く吹いている」 三浦しをん (新潮文庫)


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内容(「BOOK」データベースより)


箱根の山は蜃気楼ではない。襷をつないで上っていける、俺たちなら。

才能に恵まれ、走ることを愛しながら走ることから見放されかけていた清瀬灰二と蔵原走。

奇跡のような出会いから、二人は無謀にも陸上とかけ離れていた者と箱根駅伝に挑む。たった十人で。それぞれの「頂点」をめざして…。

長距離を走る(=生きる)ために必要な真の「強さ」を謳いあげた書下ろし1200枚! 超ストレートな青春小説。最強の直木賞受賞第一作。


スポーツそれぞれに、それぞれの面白さがあることは知っていますが、僕個人としては団体競技のほうが好きです。
1と1を足して2にならないこと。同じ方向を見て同じように歩いている仲間が隣にいること。そして何より、仲間と悔しさや喜びを分かち合うこと。
それらは個人競技にはない素晴らしさだと思います。


走るということは孤独との戦いだとも言えます。
たった一人で、誰の力も借りず、足を動かし続けなければゴールは決して近づいてきません。
つまるところ、個人競技の究極と言っても過言ではないでしょう。

にもかかわらず、その個人競技を一本の襷で繋いだら。
ただそれだけのことで、走るということが完全なる団体競技に変化してしまうのです。スポーツというのは何と面白いものでしょうか。


この小説が描いているのはスポーツの楽しさだけではもちろんありません。寛政大学の十人がバラエティに富んでいて、ホントに楽しいんです。
僕を楽しませてくれた、寛政大学の面々に言葉を贈ります。


(以下、本書の内容に触れています。未読の方はご注意を)


一区を走った王子。

君の最初のタイムには僕は驚かされたぞ。どんだけ遅いんだ、ホントに。三キロ十五分って…亀か、君は。
でももっと驚いたのは夏を越えた後の君のタイム。一万メートルを三十五分台っていうのは相当なもんだ。今の僕よりも速いぞ。
君はきっと、この本を読んだ多くの運動が苦手な人に希望を与えた。
練習さえすれば誰だって。そう思ってもらえたはずだ。少なくとも僕がそうなんだから。


二区、ムサ。

花の第二区を走る君のプレッシャーは相当なものだったろう。
各チームのエースが集い、その中には君と同じ肌の色をした選手がたくさんいただろう。君ももちろん黒人だし留学生だけど、君は駅伝のためにスカウトされた留学生ではない。なのに、君は世間的には「また黒人留学生か」という目で見られてしまう。
それなのに、立派に戦い抜き、結果を出した君は素晴らしい。肌の色も国籍も知ったことか。君は寛政大学のムサ。それだけでいい。


三区、四区の双子たち。

君らは何て大ボケ兄弟なんだ。恋愛なんて興味ないって思っているならいざ知らず、モテたいために駅伝に参加することを決めたほど「彼女募集中」なのに、葉菜ちゃんの想いにはなぜ気がつかん。
って言うか、葉菜ちゃんが君らのことを好きでないとしても双子のほうからアタックしろ。
さっさとそうしないから、駅伝の最中に邪念が入るのだ。馬鹿め。
でも、走がこれからの陸上生活でまた精神的に不安になったとき、それを支えてやれるのは同学年である君らだ。頑張って欲しい。


五区の神童。

たぶん、君がいなかったらこの駅伝チームは成立していない。強気と強烈なリーダーシップで引っ張るハイジだけでは、必ずチームは空中分解していただろう。君のような潤滑油がチームには必要なんだ。
それを考えたら、君が結果を出せなかったことなんてどうということもない。君がいなかったらそもそも箱根に来れていないのだから。
だから、チームの誰も君を責めなかった。当たり前のことだがな。


さて復路、六区のユキ。

区間二位って…どれだけものすごいんだ。あんた、ついこの前までただの素人だろうが。君の頑張りはこの小説からリアリティを失わせたほどだぞ、本当に(笑)
僕は君の最後の言葉を羨ましく思った。


「その二秒は、俺にとっては一時間くらいある」

それは本当に全力を出し切った人間にしか言えないことだが、それはスポーツで最も難しいことだ。
どうやってもこれ以上は出来ない。そう言えるまでやりきることは簡単ではない。だから羨ましい。


七区を走ったニコチャン。

あんたが言った、ありきたりで当たり前で使い古されて手垢がついた言葉が僕は好きだよ。

「一人じゃ襷はつなげねえからなあ」

その通りだ。走るだけなら誰でも一人でできる。でも襷をつないで走るのは一人じゃできない。
それをわかっていて、文句を言いながらも禁煙してしまうあんたが僕は好きだよ。


八区、キング。

君の独白を読んで、僕は意外だった。
君が心の中にそんな孤独を抱えていたなんて。ただ、みんなに置いていかれたくないから。それだけが君を前に進ませるエネルギーになっていたなんて。
でももう大丈夫。箱根駅伝の本番で、君を突き動かした力はそんな鬱屈した思いなんかじゃなかっただろう。君を動かしていたのは、その肩から掛かっていた襷だったはずだ。


九区、走。

走は典型的な天才なんだな。そして才能のあるスポーツ選手にありがちな独善に陥りやすいところも、まったくもって典型的なんだな。
走、君が知りたい答えはたぶんどこにもない。どんだけ走ったって、何のために走るのかなんてわからないだろうな。それを知っている人はどこにもいない。誰も正解など持っていない。
だから――だから、みんな、走るんだろう。君は走るんだろう。


そして十区、ハイジ。


「いいかげんに目を覚ませ! 王子が、みんなが精一杯努力していることをなぜきみは認めようとしない! 彼らの真摯な走りを、なぜ否定する! きみよりタイムが遅いからか。きみの価値基準はスピードだけなのか。だったら走る意味はない。新幹線に乗れ! 飛行機に乗れ! そのほうが速いぞ!」


その通りだよな。自分の足で、自分の精一杯で走る。
そうして走った後、倒れこんで思いっきり吸う空気。顔に当たる風の冷たさ。飲む水の美味さ。そして満足感。
タイムがどうのこうのなんてつけたしのおまけだ。速くても遅くても全力で走っているときの気分は同じ。
速いか遅いかなんていうのは客観だ。主観においてはハイジも走も王子も同じ気持ちを味わっているんだよな。
じゃなかったら、チームである意味がない。

ハイジ、あんたは相当に強引だったし、かなり無理やりで無茶苦茶なヤツだったけれど、僕はあんたに感謝している。
楽しい物語をありがとう、と。