続いては、約10年ぶりに来ました巌鬼山神社。この「鬼」という字が「魂」のようで素敵です。
 
  
こういう見落としてしまいがちな何気ないマークが気になります。

  
龍神様からのありがたい体液(笑)、もとい手水舎の水もとめどなく流れていますが湧き水でしょうか。

  
目に効く湧き水(ご神水)が境内にあるそうなので、この水かもしれませんね。
 
 
緑も空気も清々し。


しかし南麓の岩木山神社とは違って、ここは売店もなく観光客もおらずいつ来てもひっそりとしています。あちらが陽なら、こちらは陰といった雰囲気さえ感じられますが(実際まるで違う)、元来ここは岩木山神社の元宮であり、神社になる以前は巌鬼山西方寺観音院というお寺だったようです。

 
社叢にこだまする高波動の小鳥のさえずりが心地いいですが、ここには「目に見えない何かがいる」という気がいつもします。鬼でしょうか、龍でしょうか。それとも他の……?

 
縄文のエネルギーも感じられます。

 
「いらっしゃいませ~」 「ようこそお越しくださいました~」

 
魅惑のプリケツで歓迎。

 

  
あなたの干支はどぉ~れ?
 
 
青森県随一の大杉が2本、現役バリバリでどっしりと構えながらこの地を守っています。

  
いつ見ても、そのオーラに圧倒。千年以上というパワーがとてつもない!!

  
この木には何かが宿っていますよね。依り代、ご神木なのは間違いないですが。

  
隣りの大杉もまた凄いです。

 
お賽銭がめり込まれていました。神社でよく見かけますが、これは木に影響はないのでしょうか。

  
奥に見える本殿は、仏堂の名残をとどめていますね。

 
<祭神> 大山祇神
 
  
そもそも「鬼」とは何なのか。「魂」という字は、何故「鬼が云う」と書くのか。「鬼」と書いて「神」と呼ぶのも何故なのか。この記事の一番上の扁額の「鬼」という字にも、霊的なものや神的なものが込められているのではないでしょうか。普通の目には見えない、ただならぬ「霊気」とでも申しましょうか……。羽黒山伏の星野さんは、魂には「精霊」と「霊魂」があるとおっしゃられていました。人がかかわっていない聖域が「精霊」で、人がかかわっている聖域が「霊魂」。

  
そして境内の右手には龍神社(3つの境内社)もあるのですが、以前来たときにはあった鳥居と龍の絵の額がなくなっていました。

 
↑ およそ10年前に訪れた際の写真。残念、インパクトあって好きだったのに……。

  
ここは、遥か昔から祈りや占いをおこなう祭事場だったのではないでしょうか(今も?)。

  
個人的にこういう水場が大好きなんですよね。自然と調和した感じが。精霊もいそう。

  
中をのぞかせていただきました。お邪魔しま~す。

  
後ろに龍もいますね。龍からのお告げ的な何かを貰い受けるイメージでしょうか。
足元の小さな社の中にも3つ。

  

  
季節も違いますが、今と昔。

  
こちらにはとぐろを巻く龍神様が鎮座ましました。

 

  
こちらにはグルグル巻きつく龍。
 
  
それでは戻ります。

  
今と昔を比較すると、扁額も新調されていました。 

それから、10年前には気づかなかった或いはなかったものに、終始奇声が聴こえるという点があります。境内に入ると気にならなくなるのですが、どうやら近くに知的障害者(こういう言い方は好きではないのですが)関連施設があるようでした。私には、鬼・龍・神様に守っていただいている感じが致しました(^^)。鬼は全ての人にどこまでも優しいのですね。