私は新海誠作品は映画の「すずめの戸締り」以外一切見ていないので作品上の考察のみになります。そして息を吐くようにネタバレするのでまだ見ていない方は注意してください。さらに私は映画を一度映画館で見ただけなので記憶が怪しい所もあります。


この考察の中で私が1番主張したいのは「鈴芽と草太は血縁関係がある」ということです。この説が本当であれば作中で起こる多くのことについて説明がつくように思います。

インターネットを見てもこの可能性について論じておられる方を見つけられなかったので、以下それに従って色々書きながら自分の思考を深めようと思います。

是非こんな考え方をした人も居るのだと思いながらご覧下さい。



私が最初に気になったことは「なぜ一般人であるはずの鈴芽が、草太と同じように閉じ師の役割をこなせるのか」ということです。

閉じ師という職業は草太の産まれた宗像家が代々受け継いでいた家業です。

一般人には見えないミミズや常世の景色が見えることからも不思議な力を持っていることは明白。草太が初め行っていた閉じ師の仕事も作品中の最初の扉では鈴芽は手伝っているだけでしたが、草太が椅子と同一化され閉じ師として戦力外になった後には1人でしっかりこなしちゃっています。


閉じ師とはそんなにも簡単に、誰でも、出来るような仕事なのでしょうか?そこらへんにに転がっているような信仰を失った神様じゃありません。(もちろん、大昔よりは信仰を失っているでしょうが宗像家に受け継がれている書物からその大昔から地震は起こっていることが分かります。ですから信仰度は地震の規模には反映されないと考えます。)映像から伝わるミミズのパワーは甚大で、さらに言えばミミズは地震を司る「神様」であるという台詞が作中に登場します。

荒れ狂う神様の力はただの一般人がたった1人で押し返せるような貧弱なものなのでしょうか?

たかが高2のちょっと運動神経が良いってくらいの女子高生がです。

ここで「鈴芽が閉じ師としての仕事が出来たのは幼い頃に常世に行ったことがあるからでは無いのか」という作中で提示される理由のようなものについて話したいです。

多くの方がその説を採用するでしょうが…私から反論を申し上げますと、その仮説の通りであるならば、なぜ幼い頃の鈴芽が扉を開けて常世に入れたのでしょうか?

叔母である環さんは作中の最後、鈴芽と草太とウダイジンサダイジンが扉を潜る時何も見えていない描写がありました。(ところがウダイジンとサダイジンは見えている!)

大人だから見えないのか?違います。草太の爺さんがミミズを見ていますから、爺さんなら常世の光景も見えているでしょう。

では子供なら見ることが出来る?子供なら誰でも?常世とは子供なら「誰でも」見ることができ、子供の時に見た者は「誰でも」成長した後でも見ることができ、そのような者たちは「誰でも」常世と現世を繋ぐ後戸を閉じたり開けたり中に入ったりというような干渉が出来るのでしょうか?


「誰でも」出来るようなことならば秘匿にし家業として受け継いでいく必要性はどこにあるのでしょう。

そんなにも日本中を飛び回り少しでも後戸を閉じるのが遅れれば100万人の被害が出る…そんなの全国に散らばっているだろう出来る人皆でやれば良い話じゃないですか?なんせ扉はいくつもあるそうですからね。





これらの疑問は「草太と鈴芽は血縁関係がある」という説を採用すると、とても簡単に解決するのです。

家業が秘匿にされているのは力を受け継いだものでなければ対処出来ないから。

力を持つことが出来る素質(即ち幼い頃限定で後戸に入ることが出来る)は既に力を持った者(常世を見ることが出来る)が血を分けた者全員に与えられ、力は幼い頃に後戸に入ることが力を得ることのトリガーなのでしょう。

鈴芽は草太の家系に連なる人間だから幼い頃後戸に入ることが出来た。それにより力を得たのでいきなりでも閉じ師の仕事が草太と寸分の違いなく遂行できる。

しかも都合の良いことに、不謹慎ですが、どちらかが力を持った人間である両親も既に亡くなっています。物語的には主人公に血について問い詰められることがないので両親の死は非常に都合が良いですね。

私は連鎖的思考をしているつもりです。




でも「鈴芽と草太は血縁関係がある」という説を採用するとちょっと困ることがあって、それは父母のどちらかが力を継いで居るのだとしたら、宗像家と同じように家業としていても良いのではないか、と。

当時鈴芽は幼かったから聞いて居なかったのかも知れませんが、草太は鈴芽のいる岩戸家は同業者として知っていなければおかしい話です。幼い頃両親が死亡している鈴芽と違って、草太には爺さんがいるので聞いているはず。


今思った事なのですが、途中で草太は思い出していたのでは無いでしょうか?

最初は「自分に任せろ。このことは忘れろ。」みたいなことを言っていましたが途中の段階(観覧車だったかな?)で「任せた!」みたいな雰囲気で後戸そっちのけでダイジンを追っかけてましたよね。


いや、でも最初の後戸の時点で鈴芽がミミズを見ることが出来るというのは分かっていましたし…その時点でも思い出して良かった気がしますが…まだこれについては考える必要がありますね。


もしかしたら要石が日本に2つあるように、閉じ師の家系も2つあっても良いような気もしてきました。でもそれが岩戸家なら一層草太は知っているはずなのですが…

しかし、そもそもミミズとか常世とかファンタジーが横行する作品なので記憶が多少消えてても問題ないとかありますかね。多分違うけど。



草太の出生について考えたくなりました。鈴芽は両親とも死亡です。おそらく。おそらくというのは、両親の死因が判明していないからです。叔母や鈴芽に直接遺体を確認されたか分かりません。私は津波に流されたと予想したいですが。

もしそうなら遺体は見つかってない可能性が十分にありますから、もしかしたら生きているのかもという考察の上での選択肢が広がりますね。

話が逸れました。草太も両親のいるような素振りがありません。作中でも爺さんに失望されると不安を漏らしたことがありましたが、両親の話は一度も出てきません。はっきり言っておかしいと思います。おかしいです。

爺さんが元閉じ師(現役なのかもしれないけど)なら両親のどちらかだって閉じ師だと思われるし、両親と離れて暮らしているとしても爺さんの入院先が孫の住む東京なのはなんだか…不自然です。普通は子の近くの病院に入ってもらうものでは無いでしょうか?

私は草太の両親も死亡していると主張します。鈴芽の両親も死亡しています。


ここで私の唱える「血縁関係説」が重なってくるわけです。

そう、大胆な仮説を立てますが、ここで「鈴芽と草太の両親同一人物説」もとい「鈴芽と草太兄妹説」を主張出来ると思います。

年齢は問題ありません。実を言うと、「血縁関係説」を思いついたのは叔母の環さんと草太の髪色がほとんど同じに見えることからピンと来たわけなので(創作物において髪色が同じというのは少なからず意味を持っていると思っています)、叔母関係かとも考えましたが未婚で隠し子がいるようにはとてもとても見えませんし…

正直、「兄妹説」は証拠が少ないです。

ですが、「血縁関係説」と2人の両親が作中の現実世界で一切登場しないこと、母親の妹である環さんの髪色が草太の髪色と同一であることを重ねれば、自然と「血縁関係説」、もっと妄想を逞しくすれば「兄妹説」が浮かび上がって来るのです。

両親死亡後、兄は爺さんに引き取られ、妹は叔母に引き取られ…お互いの記憶が無い理由はまだ思いつきませんが、この作品自体見えないものが見えたり、見えるものが見えなかったりファンタジーが入り交じっているのでちょっと記憶が無くなってるとかいう認識阻害のようなものは何かしら働いていてもおかしくないのだと今は結論付けて置くことにします。


「兄妹説」のことを書いていると「千と千尋の神隠し」を思い出しました。あれも確か「ハクは亡くなった千尋の兄説」が最近になって有力になりつつあるのではなかったでしょうか。知らない人は調べてみてください。どちらも恋愛描写的なものはありましたが、決定的なシーンではありません。鈴芽と草太は確実に恋愛感情かと言われるとそうは言い切れないのではありませんか?


ありがとうございました。

初心者なので稚拙な文章お許しください。

変なところが見つかり次第修正します。


はダイジンとは何者なのか考えたいと思います。