約2万日の人生の記述なんて

CD1枚をいっぱいにすることさえできない。

それに、記述しても 記述しなくても、何も変わりはない。
こんなことを続けていても、ものごとが解決するのかどうか、正直わからない。
でも、少なくても、僕の仕事は、僕に仕事を頼んだ人を納得させることなんだ。足を運んで、時間をかけて、汗を流しても、結局はわからなかった。だけど、とりあえずは、なにもしなかったよりは、努力した分、しかたがない、という納得が得られる、というわけだね。

困ること、悩むこと、その時間を請け負っているようなものだから。


そうか、仕事って結局どれも同じなのだな、と納得した。
あるとき、無駄だからやめましょう、と進言したところ、無駄だからやっているんだ、と叱られたことがある。


『無駄なことがしたくないのなら、今すぐ死んだらいい』と。
理屈を求めることが、あるときは、思考を狭めるのよ。

最先端の自由な発想とは、理由も、言葉も、理論も、まだないところへ飛ぶことなの。

そこへ飛躍できた人だけが、そのインスピレーションを掴むことができる。

それを凡人が、あとから丁寧に理屈をつけて、そこまで行ける道をつくるわけ。