TOMOAKI YAMAMOTOブログ 僕らの会社が上がるまで(仮) -148ページ目

よっちゃんイカを食べながらゆっくりとプリズンブレイクを観たい

体がなまってる。
鍛えないと、戦えない。

この発想力。


i phone3G SもSnow Leopardもmac book proの新型も
マイナーチェンジばっかりですが、
そろそろ度肝を抜くニュースが欲しいですアップルさん。

googleがくる!(怖)TOMOAKI YAMAMOTOブログ 僕らの会社が上がるまで(仮)-魔太郎

6月8日

もう日が変わってしまいましたが、

昨日は秋葉原の事件から1年という事で、

手を合わせに事件現場へ行って来ました。
TOMOAKI YAMAMOTOブログ 僕らの会社が上がるまで(仮)-事件のあった交差点
本当に多くの花やお供えが置いてあって、

事件関係者だけでなく、

秋葉原に思いのある方の悲しみと、

こういう事件をもう起こさせてはいけないという

切実な気持ちが伝わってきました。



実は1年前のあの時、

僕は秋葉原にいて、近くを撮影をしていました。
TOMOAKI YAMAMOTOブログ 僕らの会社が上がるまで(仮)-1年前
2008年6月8日12時28分万世橋から撮影

この2分後にあの事件が起きます。


この後僕は神田方面に移動したため、

事件現場にはいませんでしたが、

ショックでした、

それまでは普通の穏やかな日だったんです。

その日僕が2回目にここを通った時には

パトカーと救急車が道を埋め尽くしていて、

本当にショッキングな状況に変化していました。

歩行者天国は見る影も残していませんでした。

そして今も再開されていません。


あの現場、

あんな風に人の感情が入り混じった状況は、

それまで無かったし、あれからも体験していない。

混乱の中、野次馬根性で携帯を使って現場を撮影している人達の姿に驚いて、

胸くそ悪くなったのはよく覚えています。

あそこあった狂気は犯人だけのものでは無かった。

そういう別の一面も忘れてはいけないと思います。
ただ同時に、あの現場で必死に救護したり、

戦っていた方々もいたように、

人の強さや温かさもあった事は

凄惨な現場で唯一救いだったのではないかと思う。


時間が経てばきっと全て風化していってしまうだろうけど、

昨日あの現場に行って手を合わせながらあの日を振り返って

改めて命について考えさせられました。



亡くなった方のご冥福と、

未だ事件の後遺症と戦っている方の心の平穏をお祈りいたします。



ハンパねぇ1cmもハンパねぇ

今日のお昼は
例のグラスをゲットしに久々にマックへ

スッゲェ人人人(;゚д゚)
しかもそのほとんどが
しっかりとLLセットを注文しているのだから
マックってハンパねぇってこと。
TOMOAKI YAMAMOTOブログ 僕らの会社が上がるまで(仮)-コーラグラス
うちの事務所には何故か同じ色のグラスが3つ。。

前回の3色から新色までのスパンを考えても、
売り時を逃さないマックの徹底した販売戦略が見え隠れします。
見習わないとね。


夕方からは
日本橋シャッターチャンスプロジェクトという、
日本橋周辺のビルやお店のシャッターに、
「歌川広重」や「葛飾北斎」などの浮世絵を描いていく企画で
今回は割烹料理の老舗「とよだ」さんのシャッターに
絵を描いている
福永明子さんの作業現場にお邪魔して来ました。

TOMOAKI YAMAMOTOブログ 僕らの会社が上がるまで(仮)-福永明子さん
完成まではもう少しかかるとか

この日はお店がお休みという事もあって、
朝の7時から描き始めたそうですが、
僕が撮影に行ったのが20時なので、、
その時点で既に半日越えヽ(゚△゚lll)ノ
俺、腱鞘炎とか弱音吐いてる場合じゃなかったっす。。
頑張ってください!


昨日見逃した人に

これが気持ちで持っていくというやつです