Kamakura delay -8ページ目

1/26裏

ライブの出来不出来に関わらず、仕事の後のあの炭酸飲料はうまい。


marsupialとYUEYとで打ち上げ。

シブヤネで流行っているというデスソースを食う。


かれえよ、3バンドともそういえばべーシストが犠牲になって気がする。

YUEYのヒガユーこと比嘉君a.k.a赤いパタゴニアとコカコーラを普及させる会を発足させる。

そう運転組はアルコールが飲めない。地獄だ。


場所を移して、どっかの居酒屋でまじめな話2割、金縛りの話2割、タケヤお父さん6割でダラダラと。

次の日ライブなのに、YUEYはタフだな。27日もきっと、良い音をを奏でたのだろう。

ここでもひたすらコーラを飲む。シュワーっとして美味しい!USコーラ!!


marsupialの心を俺が開くと語っていた赤いパタゴニアがいないときが

実は一番話がスウィングしていた、というのはここだけの話。うふふ。


まじめな話、YUEYはチケット2、000yenで見れるウチに一度「生で」見ておいたほうがいい。

友達だから手放しで褒めるとか、そういう自分の信頼を下げるようなことはしません。

ホントに良いバンドだと思う。だからこそ、悔しくてたまらん。

焦ってもしょうがねえ、こっちはこっちでやれることがんばらなくては。


その後、帰宅。

メンバーを送った後、朝焼けが綺麗だったのでそのままドライブ。

濃密な一日だった。


ネクラポップ、YUEY、いろは、自分らのやりたいことが見えていて

しっかりと存在感のあるキャラクターを抱えているバンドは気持ちが良い。


コカコーラの歌を作ろう。

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26日の渋谷屋根裏ライブ、遊びに来てくれた方ありがとうございました。

ある意味、非常にレアなセブンピリオドの姿をご覧いただけたかと思います。


沢山、学ぶことがあった日でした。

正体不明に陥るとは、まさにああいうことなのだなと痛感。

戦う準備が全く出来てませんでしたね、猛省。

同じ失敗を繰りかえさないと言うのが肝心。

言い訳も用意しない。


悪いことだけではなく、後半のウミネコ以降、

状況が悪いなりになんとか盛り返せたのは、バンドの経験値なのだなという手ごたえも感じました。

練習だけは裏切らない。

だからこそ、練習方法もより丁寧に、より集中して。


照明やステージングの流れなど、「on/off」のメリハリをしっかりつけて

お客さんの関心を、曲や話以外でも、うまくコントロールできたらいいなーなんて考えていましたが

裏目、裏目に滑り落ちていく様は非常にスリリングでした。ドンマイ。


ライブハウスでの新曲の音の広がり方のバランスの良さ

永遠のどっちつかずの中途半端な立ち居地。

ライブに対しての考え方、覚悟。その他諸々。

色々と考える。


しかしながら、一番の収穫は

安易に結論を振りかざしたり(たとえ自分の中で、もう何度も議論されていたとしても)

そのプレゼンを怠るといった行為の、怖さや脆さ、慣れから来る粗雑な振る舞いを反省する

良い機会になったということだと思います。


何も成しえていない挑戦者。

耳障りな声を真摯に受け止めて、精進できればいい。

今と、近未来と、未来を、丁寧にイメージすることも忘れずに。

ライブ前日@渋谷屋根裏1/26 7.sevenperiod


1/26(木)、本日渋谷屋根裏にてライブです。

出演順は5バンド中3バンド目となっております。

自分達だけ盛り上がってもしょうがないので、オープンから遊びに来て

ライブハウスの雰囲気を楽しんでくださいませ。

偶然このブログを読んじゃったアナタも、損はさせませんのでお気軽にどうぞ。


SEに使いたい曲の候補を絞る。

お客さんに緊張を強いない選曲。

俺はこれだけ音楽知ってるんだぜーってセンスをアピールしない選曲。

俺らのテンションも程よく上がる選曲。


あれしかないな。うふふ。

ご親切にどうも

良いブログは、読む人のことを考えた文章だそうです。

別に良いブロガーになりたいわけじゃないけど、読み手に伝えるということは

聴き手に伝えるなんかしらのヒントになりそうなので、これから少し工夫してみます。


1、アイキャッチになる画像

2、内容とかけ離れてなく、読みたいと思わせるタイトル

3、最初の一行

4、適切な改行と長さ


この四点を意識しながら、読み手にやさしい丁寧な文章を心がけます。

携帯で見てる人のこと一切考慮してなかったね、そういえば。あらやだ!


中島君ありがとう。

スタジオ後、バッテリー上がり&ガス欠のダブルパンチで大往生する。

昨年末からの俺の車運の悪さを胡散臭いオーラのおっさんと美輪明弘に鑑定していただきたいものだ。


精神的な殻を破れずにいる。

ライブは別。唯一の解放区。

毎日、体がボロボロになるくらいにライブがやりたいな。

発想がすでにポップじゃないって?


知ってるよ!ロッテリア!ダイオキシン!バイアグラ!チェケラー!


作って、発表して、評価され、反省して、工夫して、また作って。

このプロセスがないから、俺は同じところで堂々巡り。


だからといって、ライブをストレス発散の場にしてはいけない。

一回のライブを大切に、丁寧に。


占いによると、二月が最も絶不調の時期で、そこから先は10年に一回くらいの超幸運期らしいので

なんとか春までをやり過ごしたいと思います。

悲劇

美容室の予約を取りました。

土曜日。

次のライブは木曜日です。

つまり、この現代文明を放棄したかのような風貌でステージに上がると言うわけです。

もじゃロック2006!!ケミカルヒッピー!サマーオブラブグライド!

露悪趣味全開な

気持ちの悪い文章を、公開してしまう直前に消去。

しっかりせねば。


ポップに書こう。


世界は無遠慮だ。

明けない夜はない、なーんて書くと希望に溢れてる感じがするけど

望まない朝だってあるってことをさ、空気読んで欲しいよね。

俺がカーテンを閉めるんじゃなくてさ、もうちょっとゆっくり昇って欲しいのよ朝日。

楽しいことはいつだって夜に起きるんだから。知ってるよ、超エゴだって事。

でももう一度書くよ、楽しいことはいつだって夜に起きるんだよ。

太陽と青空は子供達にくれてやる。

星と月とスピーカーとベッドは俺のモンだ。

ウィルソンピケット

合唱。

あのしゃがれ声にしびれる。

かっこよかった。

さようなら。

安心と刺激の両立

僕が今考えるポップミュージックというのは

この二つの割合が6:4、5:5、4:6くらいの割合であることが多いのです。


つい最近まで、触れ幅の少なさ、エッジの丸さ、ジャンル濃度の低さが

ポップスの鍵だと思っていたのですが肝心なのはむしろ、

中身よりも配合率、そのバランス感覚にこそ、ポップスのヒントがあると思いはじめています。


たとえ刺激の部分が物凄く前衛的で(前衛については、ここではあまり深く考えず。)

それが猛毒だとしても、そこにうまく5割の解毒剤が込められていてバランスが取れていれば

ポップスとして機能しうると思っていて、天才、と形容される人達はそのバランス感覚の鋭さこそが

最大の能力なのだと思います。


僕は天才ではないので、どうやったら自分の音楽的な欲求と

広く沢山の人達に聴いていただけるかというポップネスとの折り合いをつけるかに苦心するわけですが

流通の為に自分のクリエイティビティを殺してしまうのは、やはり非常に愚かなことだなと感じていて

ベタをやれば普及するといほど、世間の耳は甘くなく、いかに毒を毒と気付かせずに盛り込めるか、

そのバランスを、作曲上、演奏方法、その他関連する全てにおいて、どうとっていくのかという部分に

とても関心があります。


これはやりすぎだろ、即死だよという発想よりも

ここまでやった場合、どうやったら解毒できるかという発想です。


組み合わせる要素によって、その理想の配合率は当然変わってくるのでしょうけれども

その黄金比を模索しています。

今の売れ筋のJPOPは少しだけ、安心の方に傾きすぎているかなと思います。

というか、一般層と音楽ファンの為の乖離がハッキリしすぎているかなと思う。


みんなが聴ける(願わくば楽曲と演奏家の魅力が理由で)バランスを持つポップスというものを

もう一度復活させたいなと、リヴァイバルブームに過去の楽しかった思い出を共有するのではなく

今現在を更新しながら。

その為には、ルーツとニュース、その真ん中の普遍化された中庸、全部を常に把握していないと

難しいのだろうな。

最近はルーツにばかり目が向いていたから、今の音ももっと聴かなくては。

マーシュ館の幽霊

なんで、こんなに暗いところが怖いのかを考えるに、全ての元凶はこれなのだと知る。


本当に小さい頃、母が読み聞かせてくれたゲームブック。ホラーだ。

殆ど覚えていなかったが、とにかく「その本を読まれるのが嫌だった」ということだけは痛烈に覚えている。

怖がる子供を見て面白がっていたのだろう、しかしながら確実にトラウマになっているよ。母よ。


どうする?

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見たいな奴ね。

何を選んでも死んだ気がする。とにかく怖かった。今でもその思い出が怖い。

そして最悪なことに「結局最後どうなったのか知らされず、バッドエンドのまま終わった」というのが

救いのないところなのであろう。


この本の、一番最後の記憶は、

主人公がドアに鍵をかけられ、部屋に閉じ込められて、

しかも鍵をかけた奴が廊下だかに倒れて動かなくって館に誰もいなくなった的なエンドだった気がした。

幼稚園児にこんな話を聞かせるんじゃねえよ。


トラウマは実在するというお話。

暗い夜道で武装するのはネタでもなんでもなく。純粋な恐怖。