三島由紀夫が割腹自殺をした日に上がったという豊饒の海の最終巻天人五衰。
春の雪、奔馬、暁の寺までは転生の物語で最終巻である天人五衰では本多が観測した偽物の転生なのか否かは判断は読者にゆだねている。
4巻から構成される豊饒の海シリーズ
タイトルの意味を自分勝手に解釈したい。
まず春の雪だが春だというのに雪が降り続ける中聡子の元を何度も訪れ門前払いをされる清顕が肺炎をこじらせ死んでしまうシーンが思い浮かべられる(春に雪という対のような組み合わせを三島さんは好んだ)暦の上で春の雪というのは往々にしてありうるが、主人公清顕の性格と照らし合わせると符合する。
清顕は勲とちがい何かに突き動かされるということのない冷淡な少年だった。聡子との愛は皇子に嫁ぐことがわかってから急速に燃え上がる。雪(清顕)は冬の間(何も興味を持たなかった少年時代)は溶けることはないが春(実ることのない恋をした)になったとたん消えてなくなってしまうということなのか。
次に奔馬。転生した勲の生涯は自分の信じるところに向いただひたすらに猛進していったところからだと思われる。このあたりは清顕と一緒だが、勲は生まれついての勇ましさから剣道で鍛錬していく熱意を
神風連を読んでから515や226のような革命(クーデター)に向けるようになった。仲間が欠けようと密告され投獄されようと意志を貫き通して「諸悪の源」である蔵原氏を殺害し邸のみかん畑で果てた。疾走するかのような生涯からか。
暁の寺は次の生まれ変わりであるジンジャンの生まれのタイに寺が多くあり、朝日を浴びて暁に燃えていたことからか。
転生は前の人生で生涯を全うできなかったために来世まで魂を引きずってしまうことだと定義している。つまりジンジャンが未練なく生涯を終えたなら
