60歳を超えると、引っ越しというものは本当に負担が掛かります。

 

それでも介護サービスの充実という点からみれば、都内の方が受けられるサービスは多かったのです。

 

母にその件を伝えて快諾してもらい、国分寺市の我が家で一緒に暮らすことになりました。

 

これが約10年にも及んだ、介護生活の始まりでした。

 

介護生活とは言え、自分で商売をやっていることもあり、仕事を休むわけにはいきません。

 

また、母を受け入れるために、自宅も模様替え程度の改装は行いましたが、介護制度の活用もありデイサービスやショートステイはよく利用させてもらいました。

 

介護のサポートなんて、実際に母と暮らすまでは気にしたこともなく、さまざまな制度があるのだと知ったのはこの時です。

 

担当のケアマネージャからの助言で、定期的に施設は利用させていただくことにしていたのです。

 

「介護は長いマラソンです、疲れない範囲で続けることが重要なんですよ」

 

そう教えてくださったから、我が家でも無理なく母を受け入れることが出来ましたし、施設でもお友達が出来たとのことで、母も嬉しそうでした。

 

また、たまに店内でも母をみていたことが有り、その際にはお客様とお話するのが楽しいらしく、こんな介護を受け入れてくれる国立という町がさらに好きになったのは良い思い出です。

 

そんな介護生活ののちに、母はこの世を去りましたが、最後まで笑顔の絶えない母でした。

 

母が亡くなる前後から、母のように足腰が不自由なお客様からの依頼により、常連の皆様へのサービスとして出張理容に出掛けることになりました。

 

今思えば、これが出張理容サービスの始まりでした。