草月部の暑気払い[みんな:03]で、会社終わってから五反田に行って来ました!

伊原剛志さんの店「ごっつい」
先生のオススメの店で、お店の方で全部焼いてくれるので楽だし、料理もどれも美味しい[みんな:01]
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ごっつい焼きとかも、山芋が入っててふわっふわ[みんな:04]

とっても楽しかった~[みんな:02]
そごうに行ったら宮城県の物産展やってました。そしてまんまと買ってしまいましたヨ[みんな:01]

そんな中で、気になったモノはカルビーから出している「大河原の梅ポテトチップ」
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大河原と言えば以前一度行きましたヨ。浅草宇一郎の墓があるトコです。懐かしいですね~[みんな:02]
コンビニで「山形のさくらんぼ」さくらんぼという飲料を発見。しかも「2012摘みたて山形直送」のうたい文句につられて購入。
甘酸っぱくて美味しい[みんな:01]
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今日待ちに待っていた本[みんな:01]が到着[みんな:04]

「新徴組」と「庄内藩新整組」という本。共に小山松 勝一郎氏の著書で、どちらも中々に入手困難な本[みんな:05]なのですが、新徴組は新撰組関係や沖田総司の義兄林太郎氏でご存知の方も多いかと思うので、今更説明不要かと思いますが、新整組という名前は聞き及びの無い方も多いかと思うので、軽く説明を。

新整組は、お玉ヶ池にあった砲術塾の塾頭小林登之助が門下生を率いて浪士隊(新徴組)に参加するも、後日幕府が大砲隊を募集しているのを知り、新徴組を脱し門下生を率いて応募。幕府は小林達大砲隊を庄内藩に預ける。
その後、幕府と庄内藩の二重管理の為、双方ともにお互いが給与を出すものと思っていた為、2年程無給状態が続き、大砲隊士達の訴えにより、新整組は漸く正式に庄内藩管理として給与が出る事になり、その後、薩摩藩邸焼き討ちや戊辰戦争に参加、戊辰戦争後は新徴組と同様松ヶ岡開墾に従事させられた隊です。

まあ、庄内藩的には新徴組同様ブラックなトコに絡むので、出来るだけ表立って取り上げられないですが。

そして、「日野市立新撰組のふるさと歴史館」で「新徴組展」を鶴岡市立郷土資料館と共同で9/23迄やっているので、行って来ます。[みんな:03]新整組も取り上げられないかな??無理か[みんな:02]
会社帰りに草月部のお稽古で品川迄。
今回はススキや吾亦紅・ケイトウを使った秋のアレンジです。
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終わった後は、恒例の軽い飲み。楽しかった~。
すでにちらほら噂にはなってましたが、来年2013年1月2日PM5時から7時間[みんな:06][みんな:07]
テレビ東京[みんな:05]で新春ワイド時代劇「白虎隊(仮)」が放送されます[みんな:04]
主人公は西郷頼母(北大路欣也)で、京都守護職拝命から戊辰戦争迄を書くそうです。

配役は
西郷頼母(北大路欣也)
西郷千恵子(黒木瞳)
飯沼貞吉(須賀健太)
篠田儀三郎(中村蒼)
井深茂太郎(西井幸人)

7時間[みんな:03]めちゃめちゃ楽しみ[みんな:01]…が、頼母が主役だと、場合によっては平馬サマ悪役にされかね無い[みんな:02]容保サマも馬鹿殿みたいな描かれ方だとヤダなぁ~とか。
http://www.tv-tokyo.co.jp/official/byakotai/
今日は草月部[みんな:02]の日…が、全然上がれなくて遅くなり、今回は先生が代わりに作って、サカモが池袋迄持って来てくれたので、私も池袋迄行って受け取り。ありがたやありがたや[みんな:01]

今回は胡蝶蘭です。綺麗ですね~[みんな:03]
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『伊奈婆廼萬都』という書籍がある。


これは、会津藩降伏後、藩主容保公以下重臣が東京に送られ、因州池田家に謹慎御預となったのだが、この幽閉中の無聊を慰める為、側近者たちによってしばしば歌会が催され、その詠草を集めたものが山川家の書類整理中発見されたもので、桜井懋によって謄写し同好の士に配布したもので、参加者は以下の通り。


松平容保公

梶原平馬

山川大蔵

手代木直右衛門

丸山主水

山田貞助

馬島瑞園


豪華ですね~

色々御題を設けて「春」「夏」「秋」「冬」「恋」と四部あり、

注目は「恋の部」ハート


梶原平馬は、「伊奈婆廼萬都」内では

春は12首

夏は3首

秋は3首

冬は5首

しかし、恋は1首のみ。


それが↓

『のる駒の かみもみたれておもひいる

           恋の山路に ふみまよふなり』


恋の山路にふみまよふ…意味深ですね~…d.heart*

昼ごろから携帯iPhoneの調子が悪かったんですが、夜三日月ついに完全におかしくなってしまって、仕方ないので泣く泣く冷や汗工場出荷時状態に復元(リセット)しました涙


…という事で、最近のデータが全てパーに…泣


しかも、それでも完全に治らない…泣

この御盆休み~ずっと、久しぶりに会津漬けです(現在進行形)


そして、やっと先日からの見つけられずにいた梶原平馬の記述発見!

史籍雑纂 第五」の中の「会津藩文書」でした~ハート


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(二)手紙(一)申達候、若殿様御儀、明後廿八日御池御殿館に於而、御元服可(二)仰付(一)候間、右以前御額直之上、御参殿被成候様可遊旨、當廿六日御用部屋に於而、宰相様へ御内々御沙汰有之候に付、若殿様御儀、明廿八日就(ニ)吉辰(一)、御額直被遊候様被(ニ)仰出(一)、右之節梶原平馬御鑷子之役(ニ)仰付(一)之被(ニ)仰出(一)候段、一昨廿七日申渡、御設方之儀筋々へ申聞、昨廿八日御参殿以前、御額直被遊候儀に候、右は今便常和御用之書を以、申遣候儀に候得共、前廉之都合、為(ニ)心得(-)申遣候、以上、

      (慶応3年)六月廿九日     前三名より(梶原・上田・内藤)

  同四名殿(田中・神保・萱野・一瀬)

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※額直⇒江戸時代の男子の半元服の儀式。半元服にあたって、額の角の髪をそり、角前髪にしたことによる。(半元服⇒江戸時代、本元服の1、2年前に行った略式の元服)


・・・「鑷子之役」ってどんな役だ…???ネットでぐぐっても出てこない…。これは当時の風俗辞典みたいなのを当たらないといけないのか…冷や汗



ちなみに、この頃、加賀藩前田家の禮姫(十三代当主前田慶寧娘)と容保様との婚約が成立。

…敏姫ちゃんや、ナカさんやサクさんは有名ですが、禮姫って全然表に出てこないので気づきませんでしたが、「国難を以て約を解く」となっているので、結納どまりだったようですね。