朝早く起きて、奈良の「長谷寺」へ。


月虹徒然日記


ここは、真言宗豊山派の総本山で、創建は奈良時代八世紀前半頃、初瀬山の中腹に本堂がある寺で、境内には雰囲気のある登楼があり、四季折々楽しめる植物がある。そして、今回は『紅葉』が真っ盛り。境内のいたる所で真っ赤な紅葉が楽しめました。

月虹徒然日記

月虹徒然日記

ちなみに、浅羽の手記には


はせの観音手前にもこれあるべきや、夜中の事吉田の人数大勢居候につき頭分の方へ面会申入れ候処、御目付の由にて罷り出候につき、右御直書相渡し委細を相話し候。扨て、これ迄昼夜の別なく急ぎ疲れも増し候につき、右人数の内へ入り、腰を掛けながら横になり二時間も休息致し、それより踏み出し候処、諸家の人数大勢にて人足始め駕籠など一挺もこれなく、修理には足痛にて困難罷り在り候。依って纔か二里の間弐円にても参円にてもかご頼み度しと頻りに申せども何分これなく、それより少し先へ参り候ては、ふご抔へ乗候都合についき是迄実に困却せり。】


とある。


長谷寺を出て電車まで時間があって、タクシーには乗らずフラフラと門前町を歩いて駅まで。途中で焼き草餅草餅を買って食べ歩き歩く
月虹徒然日記


そこから、三重の「桑名」へ。

桑名は御存じ、幕末に会津藩主松平容保の実弟松平定敬が藩主であり、更に会津藩が京都守護職だった時期に、桑名藩は京都所司代を務めていた藩。


何度かこれまでも桑名自体は史跡巡りをした事があるのですが、今回初めて「焼き蛤」を食べられました!「桑名の焼きはまぐり」と言えば、故事で「その手は桑名の焼き蛤」と使われたり、『東海道中膝栗毛』の弥次郎兵衛・喜多八も、桑名でこの焼き蛤を肴に酒を飲んでいるほど、古くからの名物。

『はまぐりプラザ』にて。ここは漁業組合が経営する場所なので、格安で美味しい!

その代わり、ランチのAM11:30~PM1:30迄の営業なので、早めに行かないと食べられません!今回は『赤須賀定食 \1200』を焼きはまぐり5個、蛤の磯辺揚げ、御飯、しじみの味噌汁。

焼きはまぐりが本当に絶品!汁まで美味しい!


月虹徒然日記



そこから、歩いて旧桑名城址である『九華公園』へ。ここには定敬達が建立した「戊辰殉難招魂碑」森陳明の忠魂碑があります。


月虹徒然日記


更に、歩いて「七里の渡し」へ。
東海道五十三次の内の唯一の海上の路で、桑名と名古屋の宮宿をつなぐ渡し。現在は復元された常夜灯と、鳥居がある小さな公園になってます。近代的に成りすぎて、趣きはあまり…。
月虹徒然日記

その後、市内の「十念寺」へ行き、「森陳明(常吉)墓」へ。

「森陳明(常吉)」は、文政9年~明治2年11月13日。諱は陳明。弥一左衛門とも。桑名藩士小河内殷秋の長男として生まれ、伯父の森陳功に嫡子が無かった為養子となり森家を継ぐ。万延元年には大目付に進み、松平定敬の京都所司代就任により公用人一席となり、慶應4年1月の鳥羽伏見の戦いを経て江戸に帰還し、5月の彰義隊の戦いに藩士を率いて参戦するが敗走し、仙台に向かって定敬と出会う。
 9月中旬に脱藩し森常吉と変名し新撰組に入隊し、蝦夷渡航直後の明治元年10月24日の七重村の戦いで負傷する。明治2年4月頃の編成で頭取改役になる。新撰組の隊長格として奮戦し、5月15日弁天台場で降伏。弘前の薬王院に収容されたのち東京へ護送され、10月17日入牢。11月13日に桑名藩へ引き渡され、深川の藩邸で主戦派藩士の責任を負って自刃する。享年44歳。


墓はきちんと整備されていて、大事にされている感が伝わります。


そこから、「法盛寺」へ。

ここにも、桑名藩士「高木貞作の墓」があります。

1848年11月23日に桑名で生まれ、桑名藩家老の服部半蔵と酒井孫八郎の従兄弟。慶応4年時21歳。同年閏4月3日に、桑名藩家老であった吉村権左衛門を山脇隼太郎と共に越後柏崎で暗殺。 暗殺後は姿を隠し、高木は神戸四郎と変名し、衝鉾隊に入隊、会津で桑名軍に合流し、一旦庄内で降伏するが、 桑名へ戻れば暗殺した吉村家から仇討ちに逢うかも知れない事を案じ、山脇と共に僧侶の姿をして、箱館にいる定敬を訪ねる為脱走。 しかし箱館に着くものの、既に定敬は箱館を出た後で、 二人は新選組に属して、箱館戦争に参戦。 降伏後、東京へ護送され、身柄を桑名藩に引き渡された。その後、桑名には戻らず、明治3年渡米。帰国後は後森有礼等と共に、商法講習所(現、一橋大学)の創立に参加、明治11年には東京の第十五国立銀行(現、三井住友銀行)に入り、同15年には横浜正金銀行(現、三菱東京UFJ銀行)へ移り、同25年から27年までニューヨーク出張所主任等を歴任し、明治31年1月に依願退職し、昭和8年1月14日に86歳で東京府玉川村で亡くなりました。

中々に波乱万丈な人物。


月虹徒然日記



桑名最後に、歴代桑名藩主の菩提寺「照源寺」へ。

ここには歴代桑名藩主の墓があり(松平定敬の墓はありません)、中には白河藩主だった松平定信の墓などもあります。
月虹徒然日記


桑名を後にして名古屋へ。

名古屋駅から熱田へ行き、桑名の宮の渡しの対となる「七里の渡し」へ。


月虹徒然日記


ここまできたついでに駆け込みで「熱田神宮」神社へ。かなり大きい神社でびっくりでした~泣
月虹徒然日記


朝5時半頃家を出て、新幹線0で一路西へ。

新大阪駅迄行く途中、京都で車内の大半の人が降りて、あぁ京都の紅葉紅葉目的か…羨ましい限り泣く

まず、八軒家浜へ。
月虹徒然日記

慶応4年1月、鳥羽伏見の戦いで敗れた旧幕府軍はここ八軒家浜から

【会津藩大砲隊戊辰戦記】には『隊員各銃を肩にしたる上に戸板に負傷者を臥さしめたるを掲げ八軒屋に送り出す』

【会津戊辰戦史】には『戌の刻(午後八時)頃又負傷者を堂島の我が藩蔵屋敷及び八軒播磨屋に送るべきの命あり。是汽船を以て江戸に送るの議決せるを以てなり、人夫は本願寺本営より送るべき約なりしにより、使を遺して呼びたれども一人も來らず、故に山川隊、佐川隊の兵士にて中の島の埠頭まで護送すべく、途中若し敵兵に逢はば皆自殺するに決せり。山川大蔵隊士に傷者を護送し悉く汽船に乗せ終りて後、本願寺本営に歸るべしと命ず。是に於て傷者を板扉或は竹駕等に載せ、兵士自ら舁きて堂島の我が邸及び八軒に送る。』


実際にはもっと内陸であったと思われ、駅の裏側にある『永田屋昆布本店』前には、『八軒家船着場跡』の碑があり、お店が開いていれば『八軒家の今昔~熊野街道のはじまり~』という無料の冊子を配布しています。
月虹徒然日記


ちなみに、『八軒家の今昔~熊野街道のはじまり~』は↓

月虹徒然日記

月虹徒然日記 ←安藤広重の「八軒家船着場の図」


月虹徒然日記

↑歌川貞秀の「浪花大湊一覧」クリックすると拡大します。


八軒家から「天保山」へ。
天保山は4.53mの日本一低い山。此処から対岸への無料水上バスが出てるので、せっかくなので、鳥羽伏見の戦いで敗れた旧幕府兵達が富士山丸や順動丸などで江戸へ東帰した気分を味わってみました…。
月虹徒然日記

【会津戊辰戦史】には『武揚曰く、「事大の齟齬せり急に天保山に送るべし、我は城中を検査して帰艦すべし」と、直次郎曰く、「余は小野氏の許に到らざるを得ず」と、武揚曰く、「然らば子一人小野氏の寓所に到り、其の他は急に天保山に到るべし」と。武揚直ちに直次郎を己が舟に同乗して天保山下に至る。たまたま大風起り船を進むること能はず、傷者の諸船も共に岸に沿ひて泊す。』

九日武揚天保山に至り廣胖と懇話し、且砲台に装置したる大砲の火門に釘を打ち弾薬のボイスを棄てしむ、此の時我が傷者十餘隻の小舟に乗り來り、或は汽船に移るもあり、尚天保山下に在るもあり、其の中一隻斉藤與八郎及び新選組合せて十九人の乗りたるもの、泥沙に擱坐して動かず、時に敵兵の巡邏甚だ厳なりしかば舟中一同焦慮甚だしく、速に汽船に移らんと欲すれども如何ともする能はず、武揚、土方歳三と悠然として杯を擧げて曰く、「速に出船すべし」と、乃ち四斗樽を並列して近傍にありたる幕府の歩兵に命じて膠船を乗り出さしめんとすれども能はず、武揚大に怒り大聲叱して曰く、「汝等此の船を出すこと能はずんば悉く斬に處せんと躍りて其の船に移る。歩兵等死力を出し竟に之を出すことを得たり。乃ち深海の岸に廻して上陸し歩兵も皆上陸せしめ、其の船は馳せて傷者を正角艦に移乗せしむ、武揚乃ち司令に命じて曰く、「歩兵を率いて陸行し紀州に至るべし」と。司令曰く、「前途敵兵あらん願くば船行せん」と。武揚叱して曰く、「汝等既に部兵を有し加ふるに兵器弾薬を有すること斯の如し、若し敵に遇はば撃破して過ぐべし是汝等の職なり、此の船は傷者を江戸に送るものなり他は一人も乗すべからず。汝等若し陸行すること能はずんば速に逃れ去るべし」と。司令唯々悚服して謝す。』




戻ってから天保山登山(笑)やまあっという間に登りきりました。登頂証明書というのも発行しているようです。


月虹徒然日記


そこから、また乗り継ぎ×2、今度は尾崎の波太神社へ。


月虹徒然日記

波太神社は、鳥羽伏見の戦いで敗れた会津藩兵達が集結したと思われる場所です。



その後、貝塚で会津藩兵達が通ったであろう道を探してあるき、ついでにこの地を実権を握っていた卜半家の墓に。


月虹徒然日記

ちなみに、浅羽の手記には【貝塚手前へ至れば日も暮れ、一統にも大いに疲れ、よんどころなく貝塚裏屋の方へ止宿致し候】とある。写真左は古地図で「裏之町口」と思われる場所。写真右は紀州口。
月虹徒然日記

その後、また乗り継ぎ乗り継ぎ、本日の宿泊地寺田町へ。

夕食はホテル近くの「肴屋」beer。店の方も良い方だし、料理もどれも美味しかった~ハート

初めて「ハッカク」の刺身を食べました~ハート
月虹徒然日記

今日も月一の草月部の御稽古で、会社終わってから品川へ。

今月はXmas[みんな:03]のアレンジで、去年は普通に豪華なクリスマスリースだったのですが、今年はヨーロッパ式の飾りで「Xmasスワッグ」です。初めて見るのですが豪華で素敵です。
ちなみに、来月はついに正月飾り[みんな:02]です。そのリースとタッセルの色の希望を取ったのですが、今から楽しみ[みんな:01]
photo:01




その後、皆で恒例の品川駅ビル内の「ニューヨークグランドキッチン」で軽い食事会[みんな:04]
今日解禁のボジョレーヌーボー早速ボトルを頼んで皆で美味しく頂きました~[みんな:05]
photo:02

昨日、私にとっての家宝が届きました。ウッキウキ🎶&ドッキドキです。

梶原平馬[みんな:03]の短冊です[みんな:02]
photo:01


photo:02



ついに、平馬サマの直筆が我が家に~[みんな:01]
2年前に会社辞めた同僚の友人と久しぶりにランチ[みんな:01]

有楽町のヤマガタサンダンデロで。11時半オープンで、11時半に行ったら既に受付者がいっぱいで、何と13時過ぎの案内との事Σ(゚д゚lll)
時間までふらふらと時間潰しして、腹ペコな頃にやっとランチ[みんな:02]にありつけました。

今日は「鶏肉とキノコのパスタ」[みんな:03]で、デザートは「ラ・フランスの果実とコンポートとジェラート、ジュレ添え」
photo:01


photo:02



その後、物産館内をふらふら。
そして、今日の収穫[みんな:04]
photo:03



松ヶ岡産の庄内柿[みんな:05] 調良クンですよ~[みんな:06]
月一でやっているフラワーアレンジメント[みんな:02]の草月部の懇親会で、六本木花郷[みんな:03]へ。

以前の別の経営母体の時の店には来た事があったけれど、今の花郷になってからは初めて。

京都の祇園花見小路通に本店がある花郷は、京料理と鉄板焼きの店。ランチ[みんな:04]の京料理のコースに。先附、お吸物、向附、炊合せ、御重、強肴、御飯、留椀そして、締めのデザートまで、美味しく頂きました( ´ ▽ ` )ノ
米沢牛が柔らかくてメチャメチャ美味しい~[みんな:01]
photo:01




その後、東京ミッドタウンへ。
ミッドタウンで昨日・今日と二日間「第4回 港区ものづくり・商業観光フェア」をやっていて、屋外の芝生広場では港区国際交流協会による沢山のテントが出店していて、ドミニカかブルガリア、ガーナ、マダガスカル、ウクライナ等の各国がPRしていて、ブルガリアワインの試飲していたり、フィリピンがドライマンゴーの試食やら、ドミニカのチョコレート等試食して歩いて楽しかった~!他にも、東京中小企業家同好会、港区商店街連合会などが出店。
photo:02



屋内でも色々やっていて、東京芝の酒で、梅リキュールや甘酒・どぶろ試飲。港区産業団体連合会では、和綴じ[みんな:05]体験を無料で遣らせてくれて持ち帰れるのを皆でやり、凄い良かった~!楽しかったわ~!
photo:03

今日は朝から人身事故の影響で東武線[みんな:02]が止まってて残念な感じだったのですが、終わり良ければすべて良しという事で。大佗坊さんと大宮飲み[みんな:01]してました[みんな:03]

最初に大宮駅から近い隠れ家的な「ホルモン若大将」へ。
photo:01



1年位前に一度、やはり大佗坊さんと来た事があったのですが、それ以来なのに、店主の方が憶えてたのは凄い!
ホルモンもどれも美味しくて満足(^-^)

その後、駅前の昔ながらの「いずみや」で軽く締めに一杯[みんな:04]飲んで解散。
今日も月一の草月部[みんな:01]のお稽古で品川へ行って来ました!

今月はハロウィンのアレンジ[みんな:03]
オレンジガーベラ、リンドウ、トルコキキョウボヤージュブルー、ケイトウホットチリ、黄色SP薔薇、黄色モカラ繭、レモンリーフ。
photo:01



お稽古終わった後、近くの「ニューヨークグランドキッチン」で軽く先生を囲んで一杯[みんな:02]
photo:02

今日は会社の部での飲み会[みんな:01]

今回は会社からお金[みんな:03]が出るので豪勢に「そごう」の中にある「牛兵衛」で焼肉のコース。山形牛一頭コースは聞いたこと無い部位が色々出て、どれも柔らかいお肉で[みんな:02]、きっと二度と食べられないだろうなぁ[みんな:04]
photo:01

鳥取から伯母が来ていて、スカイツリーSKY TREEに登ってみたいとの事で、当日券を求めて朝7:45頃スカイツリーSKY TREEに到着。
8:00からの発売だというのに既に行列が。それでも何とか朝一で登れました[みんな:01]

展望デッキまでのエレベーターはいくつかあるのですが、エレベーター毎に内装が違っていて、往路は「春」の「さくら」桜のデザイン


月虹徒然日記

展望デッキから、そのまま展望回廊へもう一度別のエレベーターに。こちらは天井と全面がシースルーなので外が見えます。行きは上を。


月虹徒然日記

展望回廊はエレベーター到着フロアは445mで、ぐるっと廊下を歩くと最高点「ソラカラポイント」の451.2mに到着します。


月虹徒然日記

ちょうとハロウィンランタン前という事で、窓にはハロウィン柄ランタンのシール、フロアのところどころにカボチャのハロウィン飾りランタンが。可愛いですハート


月虹徒然日記  月虹徒然日記

展望フロアに戻りフロア340階にはガラス床があります。強化ガラスで割れないと解っててもドキドキします冷や汗


月虹徒然日記

ちなみに、復路のエレベーターは江戸切子で出来た「夏」の「花火」花火デザインです。


月虹徒然日記



その後、ソラマチの 「そらまち亭」で昼食ごはん


月虹徒然日記