原節子という映画女優がいて
映画全盛時には、その存在感は抜群だったという。
しかし、世は流れ、映画からTVの時代に移行する。
最近、「原節子の真実」という本を
読む機会があった。
当方もかっては映画ファンだった時代があり
そんな思いで何気なく本を読んでみた。
原節子は1920年(大正九年)に生まれで
丁度、今年でその誕生から100年が経過する。
戦前からの女優で
戦後に人気が出て、スターの座を獲得する。
だいぶ前の、ある映画関係の本によれば
日本の女優ベストは、原がトップで
次いで吉名小百合、高峰秀子、田中絹代、岩下志麻
京 マチ子と続く。
原の作品の中で
戦前は、いわゆる戦争を賛美する国策映画が多く
その代表作は、日独合作の映画「新しき土」とされる。
この出演を機会に、シベリア経由で欧州に渡り
出演作のPRを兼ねて、旅行を重ね
アメリカを渡って、帰国という時代があった。
上の写真の右下の写真がドイツの共同監督の
ファンク監督と並んだツーショット。
ほとんどの人が、そうだと思うが
原節子というと
小津安二郎監督の作品と連動する。
婚期の遅れた娘を嫁がせる、父親との情愛を描いた
映画「晩春」(昭和24年公開)はその代表作。
思い出に、京都を旅行した時のワンシーンと記憶する。
小津監督と原節子のコンビ作品は
多数の人に強い印象を残す。
映画「東京物語」は、その代表作とされ
外国にもよく知られるという事柄という。
節子のメイクを直す小津監督。
小津監督
本の初めのページに
多くの関連写真が記載されている。
右下は映画「青い山脈」(今井 正監督 昭和24年公開)の
ワンカットで相手は若山せつ子。
この映画も、戦後日本の新しい息吹を
吹き込んだ作品として、話題を呼んだとされる。
その歌も、かなりヒットしたそうである。
映画「小早川家の秋」の司葉子とともに。
原節子は昭和10年(1935年)に14歳で女優になり
42歳(1962)で銀幕の世界を去った。
28年の女優生活で
出演作は112本。
「原節子の真実」(新潮文庫)が出版されたのは
平成31年。著者は石井妙子さん。
なかなかの力作のノンフイクションである。
原節子が95歳で、このを去った時は
マスコミ界に、衝撃的事件として報道されたのは
2015年だった。
当時は、今なぜ、原節子なのかと思いが強かったが。










