やっと1話目書き終わりました。
疲れました。寝ます_(:3 」∠)_
「…………」
小鳥の囀りが耳を擽る。鶴丸は目を覚ました。今日もまた、1日が始まる。そう思うと少々うんざりとした気持ちが芽生えてくる。
鶴丸がヒトに転生して、早くも17年が経っていた。
前世は皇室御物である『鶴丸国永』という刀剣の付喪神であった。1000年も現存し続けていた為にたった17年間、と思ってしまうかもしれないが、戦が無いこの時代、ただ何もすることなく過ぎていった日々はその1000年よりも遥かに長く感じられた。
しかし鶴丸の人生をそこまで詰まらないものにした理由は他にもあった。
「お姉ちゃーん。朝ごはんだよー」
「…………あぁ、今行く」
そう。何故か『女』になってしまっていたのだ。
付喪神時代は男士の姿であった。それはそれは白き刀身のような儚い美青年で、よく「美しい」と持て囃されていた。
「何でこんなんなっちまったんだか……」
自分の胸を見下ろし、そのほんのり膨らんだ二つの山を忌々しげに見つめる。下にもあれは付いていなかった。付いていたら付いていたで勝手が悪いが、付いていなかったら付いていなかったでとても気持ちが悪い。まぁ、17年もすれば流石に慣れてはきたが。
制服と呼ばれる下がスースーする履き物(すかーとと言うらしい)を履き、随分と軽装になった着物に腕を通して階段を下る。
容姿は前世とあまり差は無かった。白い肌に、色素の抜けた髪は襟足が伸びている。瞳は黄金で、少しの穢れも無い。自分で言うのもなんだが。
元より儚い印象の強いこの容姿は、女子(おなご)であることで更に拍車が掛かった。家を出れば男子(おのこ)が近寄り、何やら『愛』なるものを叫んでいく。それは物心付いた頃からずっとだった。街に行こうものなら見知らぬ男共に囲まれ、愛請われ、人集りとなっていく。皆狂ったように「美しい」等と呟き、又は叫んでいく。その光景に鶴丸は昔を思い出していた。
それはまだ彼が刀剣だった頃。
その美しさ故に彼を求める者は減らず、共に眠ると心に決めた主の墓を暴かれ、やっと落ち着けると思った神社からは盗まれ、人の欲の為に鶴丸は主を転々としていた。
ここでもまた奪われてしまうのではないか、と。
鶴丸は段々と外に出るのを恐れた。
しかし引きこもっていても昔の記憶など忘れようもなく、ならいっそのことそれを忘れられるような記憶を新たに作ろうと、鶴丸は昔で言う寺子屋なるものに通うことを決めた。
そこでは毎日が驚くことばかりであった。字を知らなかった彼は学ぶことに興味を持ち、またスポーツにも大いな関心を抱いた。
学校では昔の仲間達とも再開することが出来た。皆彼とは違って前世の記憶は無いようだが、昔と変わらず、鶴丸と仲良くしてくれた。中でも蛍と大和守は鶴丸と同じ女子になっており、大層笑ったものだ。
『楽しい』
齢17にして、鶴丸は初めてその感情を知った気がした。刀剣男士であった頃の記憶は、今やあまり無い。もしかしたら悪い思い出の他に、良い思い出もあったかもしれない。だがそれよりも、今の方が楽しかった。何より戦が無い。前はあんなに退屈だった日々が今はとても楽しくて、鶴丸の顔から笑顔が絶える日は無かった。
ただ一つ、よく分からないことがある。ずっと胸の奥にある感情だ。そう言えば、まだこの時代では『彼』に会っていない。幾度の夜を『彼』と共に過ごした。大和守曰く、それは恋情なのだとか。
「加州くんと会えなくなると、そこが苦しくなるんだよね」
「ほう。蛍は?」
「ん?そう言われてもね……誰かと付き合ったこととか無いし」
大和守は加州と付き合っている。昔から仲の良い2人だったが、よもや付き合うことになろうとは。
最近はめっぽうその話題が多くなってきた。高校に上がってから、鶴丸は男に想いを告げられることが格段に増えた。その容姿には似合わない物言いをしていると言うのに、世の中には物好きが多いようで。ギャップ萌え、と言うらしいのだが。
一度、同じ皇室御物である一期にも告げられたことがある。その時は少し困った。傷つけたい訳では無いのだが、結果傷つけてしまうことになったのだから。今では良い友人となっている。
「鶴丸殿」
「おお、一期か。おはよう」
「おはようございます。蛍殿も大和守殿も、おはようございます」
「おはよう、一期くん。その殿っての、やめようね」
「そうそう。そんなだから鶴丸に振られるんだよ。おはよう」
「蛍、それはあんま関係無いぞ……」
「あはは」
いつものメンバーが揃って、教室でグダグダと話をする。すると何処からか悲鳴のような歓声が聞こえた。何だ何だと廊下を見ると、女子生徒が我先にと言わんばかりの機動力で走り去って行く。
「お、おお……何だか凄いな…。どうしたんだ?」
「……あぁ、そう言えば。今日転入生が来るらしいですぞ」
「あ、それ聞いた。何かすっごいイケメンなんでしょ?」
「見る者卒倒するみたいな」
「へぇ、面白そうだな。俺達も行こうぜ!」
「あ、鶴丸殿!」
好奇心剥き出しの鶴丸を先頭に、四人は教室から飛び出した。
その転入生がいるという教室の前には、どこから聞きつけて来たんだと言いたい程に、一年生と三年生もちらほらどころか半数以上集まっていた。
「おいおい……これじゃあ近付けないじゃないか……」
「凄い人集りですな…」
「ん~……あっ、見て!廊下に出てくるよ!」
大和守が指差した方向を見ると、女子生徒の塊を器用に避けて来る黒っぽい頭が見えた。それは徐々に近付いて来て、鶴丸の目の前でピタッと止まる。最後の人集りを抜けると、これだけの大衆を集めた顔を拝見することができた。足元に下げていた視線を上げ、全校の女子(鶴丸達を除く)を虜にした顔を拝む。
「────」
鶴丸は息を呑んだ。絹さながらの髪は癖もなく水のように流れ、長い睫毛に縁どられた夜空と同じ色をした眸は薄らと三日月を浮かべている。
「……か……づき…」
「…?鶴丸殿?」
体の中で何かが流れ出るような気がした。止まっていた時間が、今再び。1000年の刻を超えて。
転校生と視線が重なり合う。鶴丸の満月のような眸が見開かれ、再度はっきりと名前を紡ぐ。
「三日月」
あと一歩。たったそれだけで、彼に触れられる。けれど、鶴丸にはその一歩が踏み出せないでいた。その理由は、大和守や一期、蛍がそうだったように。
もしかしたら三日月も、記憶を失っているのかもしれない。
そう思うと、どうしても踏み出すことは出来なかった。1メートルの距離を空け、2人は相対する。不意に三日月が口を開いて、淡く微笑む。
「おや、これはこれは。生まれて此の方、このような美しい女人は見たことが無いな」
その声。その口調。その見目麗しい姿は紛れもなく。
「…………して、お主の名は何と云う?」
ずっと会いたかった人。愛してさえいた人。それ故に、その衝撃は鶴丸にとってとても大きかった。弾かれたように体の動きが止まり、伸ばしかけていた手を下ろす。
「覚えて……ないのか…?」
「…?何処かで会うたことがあるのか?」
覚悟はしていた。そういう風に生まれてくること自体が珍しいし、特例なのは鶴丸の方かもしれない。けれど、「もしかしたら」という気持ちもあった。
(もしかしたら君だけは)
だが三日月は前世の記憶を持ってはいなかった。自分を知らない、かつての仲間。そのショックは、最早一期達の比ではない。
堪えきれなくなった鶴丸はその場から走って退いた。胸が苦しい。締め付けられるように痛い。何で。何で。
(こんな苦しみを味わうなら、俺も記憶をなくしていたかった)
固く握った手からは僅かに血が滴り、熱い滴と共に廊下を濡らしていった。
よく夢に出ていた。顔は遂に拝めなかったが、とても美しい人だった。白く華奢で健気に笑い、周りに花を咲かす。その人がいるだけで、何時でも何処でも太陽が昇ったように明るかった。
(こんなにも息苦しいのは何故だ?)
今先程走り去った小さな背中を見つめる。あれの背中はこんなにも小さかったか。こんなにも悲しそうだっか。もっと、人生楽しそうに生きてはいなかったか。
「…?」
美しい人だった。白く華奢で、満月のように爛々と輝く眸に涙を浮かべ、その人は己の名を呟いた。
『三日月』
夢の中の人と大層似ている。温かさを含んだ声に耳が震え、三日月は自分の胸を押さえた。
(俺は……知っている…)
あの人を。とても曖昧だけれど、何処かで会っている。だがあのように美しい人を、そう簡単に忘れられる筈がない。記憶が掻き混ぜられる。ぐるぐるとして、「彼」を探す。しかし17年間、やはり彼に会った記憶など何処にもなかった。
バチリ、と空色の髪をした生徒と視線が合う。彼と同じ黄金の眸を持ち、三日月が宿す淡い光を忌々しげに見つめる。やがて視線を外すと、彼の後を追ってその隣にいた二人の女子と共に走り去った。
不意に聞こえてきた名前。
(つるまる)
「…………」
とても懐かしい響き。胸が震える。名を紡ぐだけで、こんなにも鼓動が速くなる。
「鶴丸」
瞼を閉じると、鶴丸が去り際に見せた涙がキラリと輝った。
『鶴』
愛しい人は、いつも鶴丸のことをそう呼んでいた。その人が紡ぐその二音だけは何処にいても聞き取れることが出来、まるで体の一部であるかのように耳に馴染む。寄れば愛され、離れれば想われる。とても心地が良く、鶴丸が唯一気を抜ける空間でもあった。
「…………」
窓から射し込む太陽の光に目を細め、ふぅ…と小さな溜め息をつく。
鶴丸は誰も居ない空き教室で静かに座っていた。
悲しいことがあった時、一人になりたい時。決まってここにやってくる。何もない空間を見つめていると、戦うことだけしか知らなかった自分へと戻ることが出来る。何も考えなくていい。ただ刀を振るい、敵を斬り倒せばいい。
「鶴丸殿」
声のした方に視線を向けると、一期が息を切らして立っていた。走って来たのか、乱れた髪が珍しく、思わず笑ってしまった。
「よぉ、一期。よく此処が分かったな」
「貴女は何かあると……いつも此処に来ますので」
「…………そうだな」
また窓の外へと視線を移す。どこかで鐘の音がした。HRが始まる時間の合図だ。
教室へ戻ろうかと立ち上がった時、先程思ったことをつい口にする。
「相変わらず君は昔から優しいな」
そう言うと一期は悲しそうな顔をして、少し躊躇った後鶴丸を抱き締めた。愛情ではなく、同情。そんな感情のようの気がした。
「貴女は一体……一人で何をお抱えになっているのです…?」
弱々しく耳元で囁くその声は、今まで聞いたことがないような声だった。
一期とこの学校で再会して、早くも一年が経っていた。鶴丸の美しさは郡を抜いて秀でていた為、大抵の男子は遠目から眺めることしかできないでいた。。たまに鶴丸から近付くこともあるが、用が終われば皆そそくさと立ち去ってまう。良い意味では浮いていたとも言う。蛍や加州も、元はその内の一人であった。
だが一期と出会ってから、彼は鶴丸と対等のように振舞った。あの物腰は元かららしく直らないが、鶴丸はそんな一期一振を好いていたので大変良かった。一期との会話などを聞き、鶴丸の性格が自分達が思っていたものとは天と地の差程もあったと気付いたのだろう。鶴丸の周りに人が集まり始めたのはそれからだ。
(話してもいいことなのか)
鶴丸は悩んだ。前世は刀剣であった彼等だが、何百年も前のこととは言え、鶴丸はほぼ全ての記憶が鮮明にある。勿論、刀剣男士になる以前の、ただの刀であった頃の記憶も。その中には、当然人を斬った記憶もあった。
陽気な性格の鶴丸でさえ、その記憶に悩んだ時期があるのだ。自分の存在意義を考え、悩み、一度は自殺までしてしまおうかと。
ましてや一期だ。その生真面目な性格では、到底全てを受けきれまい。はて、どうしたものかと悩んだままでいると、その沈黙をどうとったのか、一期の鶴丸を包む腕に更に力が加わった。
「話せないことならば話さなくてもいいです。ですが、私は貴女の力になりたい。貴女の悲しむ顔は、もう見たくない」
「…………一期……」
肩口に、温かいものが触れた。次々と、制服に染み込んで肌に触れてくる。優しい涙。
どの時代に生まれても、皆変わっていないのだ。
一期は相変わらず面倒見が良いし、大和守は可愛い顔して何かあるとすぐ「首、首」と言っているが、とても一途だ。蛍も腹の底を見せようとはしない頑固者だし、加州もお洒落好きのまま。昔から変わっていない。皆昔のままなのだ。
そのことにたった今気付かされて。
鶴丸は一期の背に腕を回した。
「ありがとう、一期」
抱き締め合ったまま、鶴丸はポツリポツリと、過去のことを話し始めた。
「あ、遅いよー鶴丸さん。一期さんも」
鶴丸と一期が教室に戻って来たのはHRが終わった後だった。自分の席に集まる大和守と蛍を見て、鶴丸は微笑む。
「悪いな。遅れた」
一期には、全てではないが一通り過去の事は話した。ふざけることもせず、疑うこともせず、一期は最後まで真剣に聞いてくれていた。三日月のことは多少端折ったが、それなりに深い関係であったことも話した。
「辛くなかったんですか」
鶴丸と同じように机に腰掛けた一期が問うた。使われていない教室はとても静かで、他教室から聞こえてくる騒ぎ声でさえも静寂とさせていく。
そんな一期に鶴丸は苦笑しながら答えた。
「辛かったさ。俺の存在そのものを忘れられちまってたんだからな。辛くて悲しくて、たくさん泣いた」
「申し訳有りません……」
「別に君らが悪いってことじゃないんだ、俺が特異だっただけで。辛かったのもホンの少しの間だけだったしな。また君らとこうして話すことが出来て、俺は嬉しいんだよ」
くつくつ、と喉で笑う。望月の様なその黄金の眸に何を写しているのか、一期がいる場所からは見えなかった。窓から入り込んだ風が、鶴丸の少し長めの髪を靡かせる。
鶴丸が一期と再会したのは去年の夏だった。それまで一期は入院していたらしく、そして鶴丸も然程周りに興味なんて無かったから、クラスメイトの名前なんぞ一々覚えてなんかいなかった。どうせ皆直ぐ忘れてしまうんだ、とどこかで鶴丸自身が諦めていたせいもあったのだが。
そして一期と再会して、彼は前世の記憶は無かったが鶴丸とよく絡み出した。昔の皇室御物だった頃と同じように。それから2年に上がり、大和守や蛍丸、加州、そして一期の弟達とも再会し、今の楽しい人生へと辿りついた。
「君には、本当に感謝している。君がいなけりゃ、俺は今も一人ぽっちのままだったろうよ」
「……鶴丸殿の周りには、いつも沢山の方々が居られたような気も致しますが」
「あいつらは皆俺の外見に惹きつられて集まっただけだろう。誰も俺の中身なんざ見向きもしなかったよ」
「────そう……ですね……」
「ん?どうした、一期?」
外見に惹きつられてやって来ただけなら一期もそうであるが、一期は鶴丸の中身とも向き合った。向き合った上で、こうして一緒にいる。それが例え恋情としてだとしても、それが鶴丸にはとても嬉しかったことには変わりない。
「いえ、何でも御座いません。そろそろお戻り致しましょう」
「そうだな。よっ、と」
組んでいた脚を地上に下ろし、スカートをパタパタと叩く。その何気無い仕草にも、また一期は想いを募らせるのだった。
「おっと、1限目は移動教室だな。早めに行くか」
ダラダラと準備する加州を急かし、鶴丸達が教室を出ると、丁度同じように教室から出て来た三日月と鉢合わせした。三日月は一瞬驚き、戸惑ったように鶴丸を見つめる。気を利かした一期が大和守達を連れて先に行くが、それに便乗して三日月も何処かへ行こうとしたので鶴丸が呼び止めた。
妙な沈黙が間を過ぎる。
「えっと……さっきは悪かったな、急に取り乱したりして」
「いや、うむ。問題無い」
「あれは、全部忘れてくれ。どうやら人違いだったみたいだから」
「其方は……」
そこで言葉を切り、先程2人の間に開いた距離を、鶴丸が詰めることの出来なかった距離を、三日月は大股で易々と詰めた。鶴丸の目の前に立ち、視線を交わせる。
「俺と其方は、前……ずっとずっと昔に、会ったことがあるのか?」
鶴丸は、三日月の浮き世離れしたその綺麗に整った顔を2、3発ぶん殴りたくなった。
(何故、そのようなことを問う)
つい先に決めたばかりだというのに。
「云っただろ?人違いだった、と」
「だが、俺は昔からよく其方に似た人の夢をみる。とても美しい刀だ」
「……おいおい。刀が人だって云うのか?こんなこと云うのも失礼だが、君、少し頭がおかしいんじゃないのか」
「……そう。そうやって夢の中の其方も笑っていた。とても綺麗な微笑みで」
「…………やめてくれ」
(これ以上はダメだ)
苛立ちと焦りと、あともう1つの感情を押し殺し、鶴丸は至って冷静に返した。それが例え、三日月には別の風に映っていようとも。
「口説き文句としては良いかも知れないが、あまり多様はしない方がいいな。そんなんじゃ気味悪がられるだけだぜ」
「俺は、真面目に、」
「あぁ、分かっている。君が真面目に云っているからこそ云ったんだ」
「……?」
鶴丸の云う言葉の真意を探ろうと思考を巡らせるが、今までまともに人と付き合って来なかった三日月に分かる筈も無かった。これで話は終わりだ、と云わんばかりに鶴丸はさっさと去って行く。
「────待て」
やっとの思いで口にしたのはそんな言葉だった。鶴丸が振り向く。
「何だ?」
「…………」
当然、何も訊くことなんて無かったから三日月は戸惑う。何か、何かを云わなければ。
(あっ)
そう言えば、初めて(?)会った時から訊いていなかったことがある。訊きはしたが、その答えを知る前に走り去られてしまったから。
「其方の名は?」
鶴丸はフッと笑うと、身を翻しながら答えた。まるで、あの頃2人が別れた時のように。
「鶴丸国永だ」
不思議な響きの名前に、三日月は知らない胸の鼓動を覚える。
それは、もう夏の始まりを告げる蝉の声が聞こえる頃だった。
