曲がった事が嫌いな訳は
真っ直ぐな道こそが美しく
単純に正しい事だと思っていたから。
不純も矛盾も一切無い純粋さこそが
本来の姿で正義だと掲げ
無垢で真っ当な生き方こそが
高等な人間様の理想なんだと
今までずっと思っていたけど。
私の実際は曲がった心とか
歪んだ精神をそのまま引きずり
転がり汚れて腐って震えても
生きてナンボの毎日なのです。
曲がったままでも寝る場所があり
歪んでいても食べ物が買えて
狂っていても構わず働き
淀んだままでも平然と過ごす分には
曲がった状態でもしょうがないな
なんて思えるようになりました。
その繰り返しの日々には
ブレない軸や折れない芯とか
揺れない幹とか壊れない笑顔より
柔軟で不順でも気にせずに
無粋でも構わず拘らないことが
大切なのではないでしょうか。
緩くて寛容に変化してしまう
軟派な思想や無関心を
平然と貫く狡さこそが何より
僕の日常を支えている事に
やっと気が付くことが出来ました。
曲がった内容も仕事だと割り切り
歪んでいても淡々と向き合い
狂って見えても条件次第で
駆け引きしながら押し通し
淀んでいても即金なら!って
尻尾を振って取り組む過程に
迷う暇などありゃしねぇ〜って
気軽にやって来た感じだからです。
曲がった根性でもやり切って
歪んだ生活でも乗り切って
狂ったサイクルでも構わずに
曲がった指先でも諦めず
それなりに考えながら動かせば
作業は何とかなるもんだ♪と
人間様の対応能力に改めて
私も僕も救われた気がしています。
曲がった野菜も食べましょう
歪んだ関係も維持しましょう。
狂った私も受け入れて
腐った僕は私が支えて
曲がった中指は人差し指を添えて
ブレーキレバーがグッと握れるまでに
やっと回復出来ました!
私の笑顔は濁ったままでも
少し流して走ってみたなら
以外と普通だったので
ちょっと嬉しい気分になりました♪
ブレーキレバーが握れる限りは
私のこれからはまだまだ
何でも楽しめそうだ♪
中指のほんの先端だけの
関節機能を失って分かる喜びと
その機能を補う潜在能力は逞しく
柔軟な対応能力は確認できたのですが、、
パソコンの操作には
まだまだ慣れずに
もう少し時間が掛かりそうなので
曲がった指先も大切にしながら
歪んだ心の表現も意識の逃避先として
大事にしようと思っちょりもす!
