私の小・中学生の時は
同級生の数が多くて
中学校では12クラスありました。
その同級生540人ほどの中には
話をした事がないとか
名前も知らない(覚えていない)
同級生も結構いるので
40年以上経った今となれば
もうただのすれ違う人でしかなく
興味も関心も無いのが普通です。
そんな中で特に仲が良かったとか
固い友情を誓い合った覚えも
全くない数名がLINEなどで
連絡を取り合うプチ同窓会のような
飲み会が毎度この時期にあるので
今回は参加してみました。
だいたい一年越しとなる
このパターンに落ち着いたのは
それぞれが正月、お盆、GWなどでは
なかなか時間が合わないからとかで
子育ても一段落した世代となり
仕事的にも自由が利く立場になり
夫婦的にも干渉は薄くなり
お金もそれなりになんとかなり
気持ち的にもなんとなく乗り気に
なりやすい年代となったから
単に誘いやすくて誰もが
参加しやすいオッサンになった
ただそれだけの話と言えば
それだけの事なのですが。
中には離婚や独身のままで
ずっと自由気ままな貴族もいたり
病気で音信不通状態だったり
人によっては容姿が変わり果てて
弄られるのを恐れて来なくなったり
逆に趣味を謳歌している最中の人は
登山先から充実した笑顔だけを
誰も頼んでもいないのにわざわざ
勝手に送ってくる者もいたりで
同級生でもそれぞれなんだなぁ~とか
強制参加はそもそもありえんし
気が合うとかノリが違うとかも
含めたら数名でも揃う事自体が
難しい事だと考えたら結局は
ある程度中学校の時に遊んでいた
いつもの関係にまとまり
たまたま高校も一緒だったとか
社会人になってから偶然に、、とか
何かしらで繋がりを維持している
気の知れた同級生の9名が
集まって飲みました。
お互いにあの頃は頑張ったねって
共感できる傷の舐め合いは楽しく
慣れあった頃の無難な会話と
飛び交う昔話の記憶が
ぐちゃぐちゃに混ざった室内に
笑いは絶えない時間でしたが
皆に合わせて常識的に笑える
オッサンとなった事にも気がつくと
己の醜さが私には臭く感じてしまい
残念さに哀しくもなりました。
こうゆー場はやっぱり10年ぶりとか
20年後とかの節目である程度の
規模で開催してこそ程よい
面白さもあるのかなぁ~なんて
勝手に思ってしまいましたが
自身で酒のペース配分をして
あまり酔わなくなったのも
理由のひとつだと思いますが
それほど飲めなくなった事も
冷めた感情が強まる傾向なのかナァ~
なんて思ってしまいました。
それぞれの生活スタイルは
かなり違っているはずだし
各々の趣味嗜好も別なんだし
これだけ新鮮で刺激的な
話題や情報が一瞬で膨大に
隅々まで飛び交う時代に
わざわざ出向いて共に過ごした
数時間をずっと心地よく楽しく
嬉しく穏やかに且つ刺激に溢れて
魅力的で懐かしくて最高だと
思えるのは当然無理だとしても
何かしらの何かは得たような
漠然とした喜びを写真と共に
キラビヤカニ発するタイプでも
キャラでもない私は
こうしてダラダラとネチネチした
内容にしてコソコソと発する事が
快感になってしまっている、、
その痛さが原因で場に馴染めない
体質となったのか、そもそもの
根暗な性分だからしょうがないかな
なんて自分をフォローしてみました。
その事に気が付いても
どうする事もなく平然と生きている
生きれている事が食う寝る起きるを
繰り返す惰性的になっても
維持できている毎日とは
不思議なものだと思う場面は
時々あるので
今、SNSという刺激に勝る環境を
知らない私の狭さやせこさや
虚しさや惨めさとは裏腹に
リアルな社会で人々を導く立場として
活躍の場を広げている偉大な社長さんと
ちっぽけな自分を比べたら
残念で侘しくなるだけなので
僕は飲むことで現実逃避をしている
それだけの事だと思いました。
国家公務員の同級生は歳を重ねてこそ
趣味と人脈と視野が一気に広がり
人生とは輝きなんだと独自に
何かで発しているらしいとか
鬱で病気がちな幼なじみは
アルコール依存を克服したけど
タバコとギャンブルはやめ切れず
生活保護で暮らしていたけど、、
とか
女に狂った話とか
男にハマった話とか
金に眩んだ話とか
欲に沼った事も含めて
人生なんて不思議なもんです
人間なんち恐ろしかこっです
人脈こそが重要やったとです
人望こそが肝心やったとかも、、
なんて語りながら何も持たない
気楽なオジサン達は
それはそれなに
それとなく生きてきただけで
お互いの向上は望めないけど
お互いの干渉もありえないので
お互いの私情は挟まないようにして
お互いの事情も深めないままにする。
そのマナーを守って適度に
楽しく飲む機会もたまには
いいもんだなぁ~と
しみじみ思ってしまいました。
また会いましょう!
またね、そいじゃねー!
ほいならねぇ~。

