私が自分の病気を認知したのはたぶん小学校4年生くらいの頃です。

それまでは、なんとなく人と違うというくらいの違和感は感じていましたが、その原因がなんなのか、とかを正確には理解していませんでした。


4年生の時に事件がありました!無気力ハッ

担任の先生が少しお節介な性格というか…

まぁ、すごく熱心な先生でした。

道徳の時間に突然、私の話を始めたのです。

「クジラちゃんは心臓に重い病気があります、なので、たくさん走ったりすると苦しくなってしまうので、みんなクジラちゃんのこと気にしてあげてね」

などと、全員の前で私の話を…

まさかそんな急に自分が話題に出されるなど思ってもみなかったので、私は本当にビックリして、恥ずかしさと先生への怒りとでそれこそ心拍数が爆上がりしたのを覚えています魂が抜けるアセアセ


その時に「あー、私はやっぱり人と違うのだ」とつきつけられた気がして、すごく悲しかったというか、ショックだったのを覚えています。

その先生は、他にもプールの時間にもし溺れてしまったりしたら大変だからと他の子と見分けるために、私だけ被る帽子の色を変えるなどの配慮をしてくれました。

今思うと、優しさブルーハーツと受け止められますが、当時の私はとても嫌だったのを覚えています。

「なんで、クジラちゃんだけ色違うの~?」

「その胸の傷なにー?きもちわるーい」

悪気はなく、ただ純粋無垢な言葉なのですが、当時の私には辛い言葉たちでした。

話せば、他にも色々ありますが、今思えば、こういう経験が、精神的にかなり強い今の私に繋がっているので良かったなぁーと思いますチョキ気づき


私の両親はあまり私の病気について話してはくれませんでした。

聞いたら答えてくれていたのかもしれませんが、私からもなんとなく聞かずに成長してしまったため、中学に上がる頃は、自分の病気がなんなのか、どんな手術をしたのかなどすごく知りたいが、親にはなんか聞けない…という謎のジレンマを抱えていました汗うさぎ

なので、自分でネットで調べたりしてましたね笑ううさぎ


大学に上がる年に、カテーテル検査をしようということで、2泊3日?くらい入院して検査を行いました!

その時に、初めて主治医からのムンテラ(病状説明)があって、病名や手術名などを知りました!!遅い!!爆笑


そして大学に入ってからは、一人で定期受診に行くことが増えて、主治医と一対一で話し合える機会も増えました。母がいると話しにくい妊娠出産についてなども聞けました。

主治医は症例は少ないが、クジラちゃんのこれまでの経過的には全然産めると思うと、比較的ポジティブな反応をしてくれました。


ただ、大学の頃は現実味のない話だったので、話をするだけって感じでした。

最近になって、やっと現実味を帯びてきたので、妊娠が可能かの検査をすると主治医と話しています。

ちょうど27歳になる今年、前回のカテーテル検査から約10年がたつので、カテーテル検査もしたいといわれました。

なので、私にとって今年は人生のターニングポイントなんじゃないかと思っています!!キラキラキラキラ