随分長い間ブログをサボッているので、そろそろ記事の更新を…(^_^;


最近の気付きを1つ。



ストレスを解消するために愚痴を言ったりしますよね?


それ自体は悪い事じゃ無いけれど、私は愚痴を言うことがほぼありません。


過去に愚痴(悪口)を言われる側を経験し、嫌と言うほど「言われる側の痛み」を経験したので(^^;



…でも人間なのでたまには腹が立つこともあって、時には心の中で愚痴を呟く事もあり…(^^;;



そういう時って、やっぱり腹が立って気分が悪くなる(~_~;)



一方、私は人の良いところを見付で、褒める事があります。


そういう時って、不思議とまるで自分が褒められているかのように心地よくなる。



あぁそういうことか☆


だから愚痴を言うときは、まるで自分が言われているかのように気分が悪くなる!


口は良い言葉をたくさん使って、常に透明な綺麗な状態にしたほうが良い!

嫌な言葉を使うと汚れて濁って【愚痴】になる。


同じ口にするなら、良い言葉・褒め言葉のほうが良いですね(*^^*)
アンダーグラウンド@大宮


濃厚つけそばをいただきました♪


麺もスープもGOOD(≧ω≦)b

特に豚バラチャーシューは脂っこさがなく、あるのは炙った香ばしさと旨味だけ(^^)


さらにスープに乗ったライムのアクセントが嬉しい(≧∀≦)!!


女性客が多いのも納得の一杯でした(^^)
setuden-0530さんのブログ-130728_213143.jpg
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ヒロシマ・ナガサキ に落とされた原爆を経験した人々が残した詩や手記を朗読する作品。
http://blog.m.livedoor.jp/nathunokai/?guid=ON


先日ご縁を頂いて、茗荷谷の学校での公演を観に行ってきた。


(イメージとしてはこんな感じ)

http://www.youtube.com/watch?v=9u-U_wdVbfk


以下、記憶に残っているものをいくつか。



・「生ましめんかな」
栗原貞子
シェアした動画の中にも出てくる詩。

ビルの地下室、うめき声が溢れるなか、一人不思議な声が聞こえる。
「子供が生まれる」

「私が産婆です。私が産ませましょう」

さっきまでうめいていた産婆が立ち上がる。


そして、一人の命が生まれ産婆は血まみれのまま亡くなった。


・ジョー オダネルの話


彼に課せられた任務は、ヒロシマ・ナガサキの原爆投下後の様子を写真で記録すること。


ハワイに奇襲攻撃をした日本に対して強い敵意を抱き来日した彼だが、ヒロシマ・ナガサキの姿に驚愕し、少しずつ敵意が崩れ始める。



ある時彼は、死亡した被爆者たちを火葬する焼き場を写真に撮っていた。


運ばれてきた無数の遺体が、次々と火の中に投げ込まれていく。



そこに10才くらいの少年がやってきた。


亡くなった家族との別れに来たのか、背中にはまだ幼い、眠っている弟を背負い、背筋をピンと伸ばして火を見つめている。


少年に気付いた焼き場の人が、背負っていた弟を紐からほどき、火の中に投げ入れた。


弟は眠っていたのではなく、亡くなっていたのだ。


「ジューッ」と油の焼ける音と共に弟も火に包まれている。


少年は唇をギュッと噛みしめ涙も流さず、起立の姿勢で火を見つめていたが、やがてくるりと背を向け、後ろを振り返らず歩き出した。



オダネル氏は少年の肩を抱いてやりたかった。

しかし、ただ写真を撮ることしか出来なかった。




・息子の言葉

ある日の夜、屋根の上にいる息子に「ここに座布団を用意しましたよ」と呼ばれた母。


屋根に上り、二人で満天の星空を眺めているとき息子が言った。


「何故世界は戦争をするのでしょう?
日本に無いものをアメリカから送ってもらい、アジアに無いものを日本が送って…
世界中が協力して助け合って、一つの国になれば良いのに」


明くる日、息子はいつものように元気に出掛けていった。


原爆が落とされたのはその後の事だった。

母親はなんとか無事で夫も命からがら戻ってきた。


しかし、息子は二度と帰って来なかった。




・ある小学校に赴任した先生
終戦から暫く経ち、一年ぶりに授業が再開される事になった。


今までの遅れを取り戻そう!と、赴任してきたばかりのその先生は、はりきっていた。



国語の授業の時の事。

「5人の子供」という題材で授業を進めていた。


「子供達の名前は何?」 と聞くと、(教科書に書かれている)名前を、児童は次々と答えていった。


それを黒板に書き、最後に「お父さん」 「お母さん」と付け加えた。


「先生、その家族は幸せでいいね」

不意に一人の児童が呟いた。


他の児童を見ると、

唇を噛みしめ、うつむく子、

ノートを黒く塗りつぶす子、
窓の外を見て、黒板から目をそらせる子…


児童は皆、戦争孤児だった…



音楽の時間には楽しそうに歌い、いつも朗らかに過ごしている児童達は、「親がいない」という悲しみを抱えながらも、元気に学校に通っていたのだ。




今の日本は、憲法を変えようと動き出している。


今の憲法は戦争を放棄し、平和を約束しているものだけど、このまま進めば、やがて日本にも徴兵制度が出来るのでは!?…と危機感を感じている。


シロシマ・ナガサキを語れる人も、年々減っている。

あの原爆の恐ろしさを知る人が居なくなったとき、再び核兵器が使われてしまうのでは?…とも思う。




「夏の雲は忘れない」は、これから全国縦断公演があります。


この機会に、もう一度平和についてしっかり考えるきっかけになれば…と願うばかりです。