10年ほども前のお話。

当時は玄関ポーチに外猫が3匹居ついていた。

 

寒くなる時分には、簡易温室を2つ建て、ペットヒーターを温め

低温火傷しないように薄手の毛布を敷いて冬を越させていた。

 

ある日のこと。

夕方の冷え込みがある中、外猫が皆、庭先に出ていた。

いつもなら温室の中でぬくぬくしている時間帯である。

 

小屋の中で、おそそうでもしたのかと、温室の保温幕を持ち上げて

中を見ると、見知らぬ猫が寝ていた。

 

薄汚れて艶のない毛羽だったトラ皮が、長年のノラ暮らしを物語っている。

老いネコは、どこか具合が悪いのか、目を固く閉じてピクリとも動かない。

ただ力なく腹が上下し、かろうじて息をしていることがわかる。

 

私はすぐに行きつけの動物病院へ連れて行った。

 

「うーん、今夜が峠やな」

先生が眉をしかめて、そう言われた。

「ノラやったら、何の病気かもわからんから、家の中には入れず

どこか他の隔離できるとこで看取ってやり。脱水させたら苦しいから

スポイトで砂糖水やって、口を湿してやりなさい」

 

連れ帰ってみると、不穏な空気を察してか、

外猫たちは、どこかへ行ってしまっていた。

なので、他の子に気遣うことなく、元居た小屋の中へ寝かせてあげることができた。

 

できるだけ、そばにいて口を湿してあげていたが、

先生のお見立て通り、その夜、その子は旅立った。

固くなり始めたその体を熱いお湯を湿したタオルで拭いてやり

新しい毛布を敷いて、お棺代わりのきれいな菓子箱に納めた。

 

ネコの好きなフードや、おやつと、庭に咲いていた花を一輪

枕元に備えて通夜をした。

 

外猫たちは、その晩帰ってこなかった。

 

翌朝、山の上のペット霊園で葬儀をした。

遺骨は、持ち帰ることも、ここの慰霊塔に納めることも選択できたが

あえて持ち帰らなかった。

 

外猫は自由が好きだから。

知らぬ家の中に閉じ込められて、知らぬ人といるより

他の友ネコと一緒の方がきっと楽しかろうと思った。

 

ノラ猫に葬儀まで出してやるなんてと言う人もいたが

わたしは「この猫に選ばれたんだ」と思うことにしている。

看取り役として、最期を任されたんだから

ちゃんと見送ってあげねば

そう思った。

 

名前は、最後まで付けられなかった。

 

翌朝、玄関を開けると、外猫たちは帰っていた。

陽だまりで日向ぼっこをしている猫たちは

何事もなかったかのようにあくびをしていた。