ここは邪馬台国‼️ 女王卑弥呼がいたと言う2000年近い昔。当時の日本では、もっとも開けていたであろう此の地は、各地との交流が盛んな文化国家でもあった。

いまだに邪馬台国は何処にあった?と迷走しているようだけど、答えは簡単‼️
帯方郡からの距離が1200里と明快に述べられていることから、距離、方位を計ると福岡県の南部筑後川一帯にたどり着く。
しかも、七万戸という当時としては 驚くべき戸数の人口で、これは相当広い平野部でないと、これだけの人口(一戸当たり5人と考えた場合、30~50万人)がいたであろう破格の数字。 そのなかに、吉野ヶ里遺跡、平塚川添遺跡など近年続々と発見され、いずれも周囲が環濠の魏志倭人伝にビッタリ当てはまる‼️
筑後南部のみやま市には神后石で囲まれた女王山(ぞやま)があり、ここは平野を見渡すのに適した遺跡がある。
この項邪馬台国で詳しく述べたい