雲もなく、からりと晴れたその日であった。
私たち兄弟は、
家の二階でままごとをして遊んでいた
その時、ピカリと稲妻が走った。
あっと言った時には
もう家の下敷きになって身動き一つとれなかった。
大きい姉さんが水兵さんを4、5人呼んできて
美智子さんは救出されました。しかし....
その時また向こうの方で小さな子の泣き声が漏れてきた
それは二つになる妹が家の下敷きになっているのであった
急いで行ってみると
妹は大きなハリに挟まれて泣き狂っている
4、5人の水兵さんが力を合わせて取り除けようとしたが
ハリは四本つづきの大きな物でびくともしない
水兵さんたちは
もうこれはダメだと言い出した。
よその人たちが水兵さんたちの加勢を頼みにきたので
水兵さんたちは向こうへ走っていってしまった
お母さんは何をまごまごしているのだろう
早く帰ってきてください。
妹の足がちぎれてしまうのに.....
私はすっかり困ってしまい、
ただ背伸びをして当たりを見回しているばかりだった、
その時、向こうから矢のように走ってくる人が目についた
頭の髪の毛が乱れている
女の人だ、裸らしい、紫色の体。
大きな声をかけて、私たちに呼びかけた。
ああ、それがお母さんでした。
「お母ちゃん!!」
私たちも大声で呼んだ。
あちこちで火の手が上がり始めた。
火がすぐ近くで燃え上がった。
お母さんの顔が真っ青に変わった。
お母さんは小さい妹を見下ろしている
妹の小さい目が下から見上げている
お母さんはずっと目を動かして
ハリの重なり方を見回した。
やがてわずかな隙間に身をいれ、一カ所を右肩にあて
下唇をうんと噛みしめると、うううー全身に力を込めた。
パリパリと音がしてハリが浮かび上がった
妹の足がはずれた
大きい姉さんが妹をすぐ引き出した
お母さんも飛び上がってきた。
そして妹を胸にかたく抱きしめた。
しばらくしてから思い出したように私たちは
大声をあげて泣き始めた......
お母さんはナスをもいでいる時、爆弾にやられたのだ。
もんぺも焼き切れ、ちぎれ飛び、ほとんど裸になっていた
パーマネントウエーブをかけすぎたように赤く縮れていた。
体中の皮は大火傷でじゅるじゅるになっていた。
さっきハリをかついで押し上げた右肩のところだけ
皮がベロリとはげて肉が現れ赤い血がしきりににじみ出ていた
お母さんはぐったりとなって倒れた。
お母さんは苦しみはじめ、もだえもだえその晩
死にました
1945年8月9日11時2分
核爆弾(ファットマン)が長崎市内上空に投下された
ファットマン
量にして
4トントラック5200台分のダイナマイトが頭上で一度に爆発した場合に相当する量。
でも本物の原爆は火薬とは違い、
大量の放射線も出して人々の命を奪った
中学生以来かな
原爆資料館に行ってきた
当時の写真があまりにも衝撃的すぎた
中学生のときにいったときは
まだそんなによくわからなかったけど
今行ったらスゴいね

あまりにもリアルすぎる
11時2分で止まった時計
ぐちゃぐちゃに溶けた瓶
高温で溶けてヘルメットに頭蓋骨が付着してる実際の展示物
体中がただれて前進の皮膚が溶けて
骨や肉が丸見えの写真
既に死んでいる妹を背負っている少年
焼死体、ウジ虫、
爆発が起きた後
核の煙とかが空にまき散らされて
雨が降ってその雨をあびてさらに被爆する
黒い雨が降ったんだって
14万人が亡くなった
8月9日
私たち兄弟は、
家の二階でままごとをして遊んでいた
その時、ピカリと稲妻が走った。
あっと言った時には
もう家の下敷きになって身動き一つとれなかった。
大きい姉さんが水兵さんを4、5人呼んできて
美智子さんは救出されました。しかし....
その時また向こうの方で小さな子の泣き声が漏れてきた
それは二つになる妹が家の下敷きになっているのであった
急いで行ってみると
妹は大きなハリに挟まれて泣き狂っている
4、5人の水兵さんが力を合わせて取り除けようとしたが
ハリは四本つづきの大きな物でびくともしない
水兵さんたちは
もうこれはダメだと言い出した。
よその人たちが水兵さんたちの加勢を頼みにきたので
水兵さんたちは向こうへ走っていってしまった
お母さんは何をまごまごしているのだろう
早く帰ってきてください。
妹の足がちぎれてしまうのに.....
私はすっかり困ってしまい、
ただ背伸びをして当たりを見回しているばかりだった、
その時、向こうから矢のように走ってくる人が目についた
頭の髪の毛が乱れている
女の人だ、裸らしい、紫色の体。
大きな声をかけて、私たちに呼びかけた。
ああ、それがお母さんでした。
「お母ちゃん!!」
私たちも大声で呼んだ。
あちこちで火の手が上がり始めた。
火がすぐ近くで燃え上がった。
お母さんの顔が真っ青に変わった。
お母さんは小さい妹を見下ろしている
妹の小さい目が下から見上げている
お母さんはずっと目を動かして
ハリの重なり方を見回した。
やがてわずかな隙間に身をいれ、一カ所を右肩にあて
下唇をうんと噛みしめると、うううー全身に力を込めた。
パリパリと音がしてハリが浮かび上がった
妹の足がはずれた
大きい姉さんが妹をすぐ引き出した
お母さんも飛び上がってきた。
そして妹を胸にかたく抱きしめた。
しばらくしてから思い出したように私たちは
大声をあげて泣き始めた......
お母さんはナスをもいでいる時、爆弾にやられたのだ。
もんぺも焼き切れ、ちぎれ飛び、ほとんど裸になっていた
パーマネントウエーブをかけすぎたように赤く縮れていた。
体中の皮は大火傷でじゅるじゅるになっていた。
さっきハリをかついで押し上げた右肩のところだけ
皮がベロリとはげて肉が現れ赤い血がしきりににじみ出ていた
お母さんはぐったりとなって倒れた。
お母さんは苦しみはじめ、もだえもだえその晩
死にました
1945年8月9日11時2分
核爆弾(ファットマン)が長崎市内上空に投下された
ファットマン
量にして
4トントラック5200台分のダイナマイトが頭上で一度に爆発した場合に相当する量。
でも本物の原爆は火薬とは違い、
大量の放射線も出して人々の命を奪った
中学生以来かな
原爆資料館に行ってきた
当時の写真があまりにも衝撃的すぎた
中学生のときにいったときは
まだそんなによくわからなかったけど
今行ったらスゴいね


あまりにもリアルすぎる
11時2分で止まった時計
ぐちゃぐちゃに溶けた瓶
高温で溶けてヘルメットに頭蓋骨が付着してる実際の展示物
体中がただれて前進の皮膚が溶けて
骨や肉が丸見えの写真
既に死んでいる妹を背負っている少年
焼死体、ウジ虫、
爆発が起きた後
核の煙とかが空にまき散らされて
雨が降ってその雨をあびてさらに被爆する
黒い雨が降ったんだって
14万人が亡くなった
8月9日



