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自由に美しく生きてゆく

日常で感じたあれこれを、
ときに心理学の観点も織り交ぜながら、
徒然なるままに綴っています。
常識という見えない鎖から解放され自由に、
そして自分という個性を愛する美しい女性になれるような
情報を発信していきます。

先日から戦争になるとか

ならないとか、

世界情勢が危ない方向に

舵を切りそうな雰囲気でしたね。


一旦収束に向かうのか、

はたまた、まだ目が離せないのか…?



* * *
 


心理カウンセラーのゆみねぇです。


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争い事というのは

いつの世も絶えず起こっていて、

そこには必ず悲劇が生まれる。


世界中の多くの人が

平和を望んでいるというのに

なぜ争いは無くならないのだろう。



一度攻撃が始まってしまうと

どちらかが壊滅的になるか

降参するまで

やられてはやり返してという繰り返し。



「報復」

そこが終わらない争いの原因となる。






私たちの身近な争いでもそうだ。


もし誰かから腹の立つことを

言われると、

言ってきた相手を

自分が受けたのと同じくらい

傷つけてやりたいという

気持ちになるんじゃないかな。


そこでよく使われるのが

「正論」という

パッと見ると正しい言葉や行い。


使う本人は相手を傷つけるという

目的には無自覚で、

もしくはそこには目を瞑って、

はたまた、知らないフリをして、


「自分は正しい」

「あなたは間違えている」

ということを訴える。


一見正しいものだから、

相手がそれに反論できないのを

良いことに「勝った」と感じる。


でもそれを受けた相手は

やはり「傷つけられた」と感じるので

同じように返す。


争いは大抵の場合

どちらか片方が一方的に

悪いということではなく、

双方の「正しい」がぶつかって

起こるもの。


結果、場合によっては

修復不可能な状態にまで

発展して終わる。


これもまた悲劇だ。


互いが相手の考えを

「同意」でなくても良いから

「私とは考え方が違うけど

    そんなふうに思っているのね」

とただ認めることができれば


争いは減らすことができるのかも

しれない。



*  *  *



そう言っている私のこの言葉も

「正論」と言われても仕方がないのだ。



正しさは時に人を傷つける


使い古された言葉だけど、

確かにそんな一面があることは否めない。



ただ、そればっかり気にしていると

何も主張できなくなる。


言いたいことを言うのも大事。

でもそれによって勝手に傷つく人も

中にはいるかもしれない。


匙加減が本当に難しい。


それでもやっぱり、

私は私の感じたことを

発信していくしかないのだろうな

と思っている。




 
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