おい!道具屋 -77ページ目

屋島焼

 讃岐高松の やきもの



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屋島焼




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三谷林叟 作



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三谷林叟 みたに-りんそう

1754-1848江戸時代中期-後期の陶工。
宝暦4年生まれ。讃岐(さぬき)(香川県)の人。平賀源内の甥(おい)の堺屋源吾に陶法をまなぶ。志度浦,のち屋島に窯をひらき,交趾(コーチ)風の軟陶をつくった。これを屋島焼,林叟焼という。高松藩の焼物師となり,子孫も業をついだ。嘉永(かえい)元年8月28日死去。95歳。通称は林造。



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屋島


寿永4年(1185年)2月に起こった屋島の戦いの古戦場としても知られる。


四国八十八箇所 第84番札所の屋島寺

パソコンが壊れて!

いつものように電源を入れ、モニターも電源を入れ

しばらくするとモニターだけが真っ黒に成ってしまいます。


マウスを動かしてもキーボードのキーを押しても起動しません。

強制終了させ、30分後電源を入れると起動しますが



しばらくするとモニターだけが また真っ黒に成ってしまいます。


なんとか直らないかと、いろいろ試して見ました。、

パソコンを起動させ、F8 キーを繰り返し押し

セーフモードでならパソコンが起動しますが・・・


もしかしてモニターが悪いのかと、まだ棄てずに置いていた

ブラウン管モニターで試すと、ちゃんと映りました。


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それにしても目が疲れる・・・目

新しいモニターに変えないと・・・目


でもビックリマーク道具屋はこの方がお似合いかなぁ!?

鷲羽丸の鐘 「号鐘」


こんな物を手に入れました。


珍品 鷲羽丸の鐘 「号鐘」


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鷲羽丸


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鷲羽丸(わしゅうまる)は、日本国有鉄道(国鉄)鉄道連絡船の宇高連絡船の船舶である。

紫雲丸型の船舶で、同型船には紫雲丸、眉山丸がある。宇高航路においては、初の車載客船でもあった。

船名の「鷲羽」は岡山県の鷲羽山に由来する。


太平洋戦争後、宇高連絡船は輸送量が増加し、従来の船舶では需要の増大に対応できなくなったことから、大型船の導入が計画され、1946年(昭和21年)から3隻の大型船の建造が進められた。

鷲羽丸は1948年(昭和23年)6月25日就航。播磨造船所(現・IHI)で製造され、紫雲丸型では3番目の就航であった。

1950年(昭和25年)3月、昭和天皇のお召し船となる。

この直後の同年3月25日0時53分、直島と荒神島間の直島水道にて、鷲羽丸(下り貨物1021便)と紫雲丸(上り貨物1020便)が衝突。鷲羽丸の船首が紫雲丸の船尾車両甲板下の3等客室前部右舷に突き刺る。紫雲丸は横倒しになり、1時4分に沈没。死者7名。

1967年(昭和42年)9月23日、阿波丸、伊予丸、土佐丸の就航により、運航終了。


総トン数:就航時1456.2t 終航時1514.2t
全長:76.2m
全幅:13.2m
定員:就航時1500名(1等室20名、2等室167名、3等室1313名)終航時1690名(2等室255名、3等室1419名)
貨車:ワム型15t積貨車 14両
航海速力:14.5kt