あの日からもう2週間が経った。
私と風葉は、ちゃんと生きている。
みんなと楽しく暮らしている。
とは言っても、私は貫かれた右手に包帯をグルグルと巻かれ、風葉は結構な重傷。下半身麻痺とまった。正確には、腰の辺りの神経が切れて動かなくなっただけだそうだ。
そう言うわけで、まだ病院生活だけどね。
*
「・・・?」
誰かが僕を呼んだ気がする・・・けど、眠いからこのまま・・・
「・・・は?」
確か・・・この人は・・・
ゆっくりと目を開けてその人を見る。
赤の長い髪と栗色の柔らかな目。
見た事のある気がするような・・・だけど、最近『あったばかりの人』。
「おはようございます、日生さん」
「あ、うん。おはよう」
その人は、初対面だった時から優しくしてくれる人、日生沙耶さんだ。
*
最初はまさかと思った。
だって、私に向かって『誰ですか?』と言ったのだから。
その時の顔は、悪戯に微笑んだりも何もしていなかった。
本当に聞いてきたのだ。
「沙耶さん・・・?」
「え?」
深く考え込んだ時、突然後ろから風葉が呼んできた。
「何?」
「え、いや・・・何か苦しそうだったので話しかけただけなんですけど・・・」
そこまで考え込んでいたらしい。
「気にしないで。ちょっと考え込んだだけだから」
その言葉を聞いて少しほっとする風葉。
「そうですか、無理はしない方が良いですよ」
「うん、気をつけるね」
そう言って一通り片付けを終えると病室から出た。
「・・・あれ?確か・・・」
何故かいきなり呼ばれたのに違和感が無かった。
記憶をなくす前は下の名前で読んでいたのになくしてからは上の名前で呼ばれるから今一反応が悪くなってしまう。
「・・・まさか、思い違いでしょうね」
そう思って深くは考えずに、病院の廊下を歩いて行き、自分の病室へと戻って行った。
*
後になって僕はある事に気付いた。
彼女のことを下の名前で呼んだ事に。
「何で・・・?そんなに親しい仲とかではないのに・・・」
親しい仲?
あれ?僕は昔から1人で生きてきて・・・
時たま変な事件こそ起きたものの・・・
それで、ひなざくら荘と言う場所に来て・・・
僕と楓さんと亜美さんと・・・あれ?
「何だろう、ふに落ちない・・・」
ずっと考え込み、結局いつまで経っても答は出てこなかった。
考えるのに疲れた僕は、少し寝ようとした。
そこに、丁度日生さんが現れた。
「どうしたの?風葉」
あ、そうだ。と言う感じで僕は思いついた。
「あの・・・僕をひなざくら荘ってところへ連れて行ってくれませんか?」
その言葉を聞いた瞬間、ピクリと日生さんが反応した。
「え?今、何て・・・?」
「だから・・・ひなざくら荘へって・・・」
「あ、うん・・・わかった。手続きとかして来るね」
そう言って日生さんは快く受けてくれた。
だけど、さっきの問いは一体・・・?
あまり長くは外に行ってはいけないとは言われたが、記憶の為なら良いと長時間外出の許可をもらえた。
そこで早速、ひなざくら荘へと来て見た。
「ここね、ひなざくら荘」
「・・・ですね。けど、何か1つ足りない・・・」
指を折りながら数えて見る。
「僕と、亜美さんと、楓さんと・・・雛美さんは別の家でしたね」
「・・・私よ。1人、足りないのは」
そっと隣からそんな言葉が聞こえてきた。
そこに居たのはいつかの・・・
草むらの上、誰かと・・・
赤い髪の・・・
「つっ・・・」
だけど、そこまで思い出せてもそこから先は上手く出てこなかった。
*
その後も私を思い出そうと色々と提案してきた。
草の上へ、風のよく吹く所へ。荘の中へ、僕の部屋へ。
そうやって色々と言っては行くが、私の影までしか思い出せないらしい。
「赤い髪・・・」と、何度も呟くのは聞こえた。
もう少し・・・思い出して。
あの日のことを・・・
と、私が思いついた場所へ行くことを提案した。
場所は、学校の裏庭。
車椅子を押しながらの移動なので、時間はやけに早く流れて行く。
「もう日が落ち始めたね・・・」
そうやって呟く風葉。
「うん、あの日も・・・そして、君が記憶をなくしてしまった戦いも・・・丁度、こんな感じだったかな」
1人で呟いた。彼にも聞こえているであろうけど、それでも1人で呟いた、そう思い続けた。
「そうだね、僕は・・・ここで、ある人に・・・ぐっ」
そこまで言うと、風葉は突如頭を抱えて苦しみ始めた。
「風葉?!」
「そう・・・僕は、ここで彼女に・・・言ったんだ」
そこまで言って数秒後、ピタリと動きが止まった。
*
あの日、そう。僕は彼女に・・・
『私のためを思うなら近くにいさせてよ!』
そう・・・
『あの日だって・・・何も言わずに消えていった。そんな風になりそうで怖い。だから・・・だから・・・』
あの日、彼女は泣きながら僕に・・・
『もう、あんな事になってほしくない。だから・・・』
そこまで思い出せた。いや、もう・・・思い出す事なんてない。
「本当は・・・僕もあの日からずっと好きだったのかもしれない。あの日、ずっと一緒にいそうな気がして抜け出したんだ。君に気づかれないように」
「え・・・?」
沙耶さんのびっくりするような声が後ろから聞こえてきた。
「回りくどいね、僕って。いい直すよ」
「かざ・・・は・・・?」
もう、失いたくない。この気持ちも、君も。
車椅子を自分で動かして、沙耶さんに向かう形にする。
沙耶さんの顔は、既に涙目になっていて、今にも泣き出しそうだった。
「僕も・・・沙耶さん、キミのことが好きだよ」
いつか、僕が本心から言おうとした言葉だけど、言えなかった言葉。それに本当の心を・・・
「ううん、今からなら言える」
そう、あの日言わなかった呪と聖なる言葉を。
「キミを、愛しているよ」
夕陽の中、赤い髪がふわりと踊り車椅子に座っている僕に体を預けてきた。
Epilogue「僕はいつまでもあの音を、大切なものを失くさないと、誓うんだ。」
時間と言うものは人の言う事を聞かずに、淡々と過ぎていっていくものだ。
おかげで、私と風葉、亜美、雛美はついに成人式を向かえる事になった。
集会とか、そう言うのに弱い私はもちろん、話が始まると寝てしまう性格があって・・・
隣で寝ている亜美の寝息も気持ち良さそうなのでついつられて・・・zzz.....
*
結局、未だに車椅子生活の僕もちゃんと服を着替えて成人式に出た。だけど、肝心の2人は・・・
『Zzz・・・』
揃って寝てしまっていた。
「やっぱり性格は似てなくても姉妹なんですね」
そんな風に悪戯に囁いてきたのは雛美さんだった。自由席だから4人で固まって座っていた。
沙耶と亜美さんを真ん中に、雛美さんと僕が2人の横につく形になっていた。
「けどそろそろ終わりますよ。起こさないと立てませんよ」
「あ・・・そういえば移動があるんでしたっけ?」
「いや、終わりですけど・・・」
「なら寝かせてあげましょう」
クスクスと笑いながら顔を引っ込める雛美さん。
い、いいのかな?
*
「では、澤野高校第~・・・・」
ふと起きた私はあるアナウンスを聞いて気付いた。
私達を呼んでいる事に。
しかし、私が気付いた時には・・・
「あ・・・あれ?みんな?」
誰もいなかった。
私だけを残して行ってしまったらしい。
「風葉・・・も?」
自分で言っておいて何だったけど、へこんでしまった。
そして、指定された部屋の扉の前に立った。
すると・・・
「では、役者が揃ったところで始めたいと思います」
その声は、私達が一番お世話になった先輩である奏先輩だった。
「花嫁の入場ですっ!」
その言葉と同時に目の前の扉が盛大に開かれる。
その先にあったのは・・・
いつの日か交わしたあのキスのワンシーンがスクリーンにでかでかと映し出されていた。
「え・・・何あれ・・・?!」
と言いながら立ち尽くしていた時にいきなり頭に振動がきた。
気付けば私はヴェールを・・・え?
さらに、今日着て来ていたのは、質素だが純白のドレスだった。
「なにこれ・・・どう言う事?」
頭の中は何を考えているのかさえわからない状況になりながらもゆっくりと中央の道を歩いて行く。
そのあと、私は目を疑った。
「え・・・風葉・・・?」
「はは、おはよう。沙耶」
そこにいたのは、車椅子ではなくちゃんと2本の足で立っている風葉だった。
何で・・・?
「実はさ・・・治るって言われてたんだけど、あえて言わなかったんだ。この日のために」
そんな事を言う彼には昔の子供っぽさがなくなり、身長の伸び具合で格好良くなっていた。
さらに、彼が着ているのは・・・あろうことか、純白のタキシード。
「え~・・・それでは、お二方。階段を登りこちらへ」
神父のような服装の人が・・・いや、そうであろう人が私達を目の前に呼び寄せる。
「沙耶」
そう小さく囁くと、私の右側に立ち、左腕で輪を作って待つ。
「・・・そう言えば、こんな約束をしたね」
そう言いながら私もその腕に手を回す。
ゆっくりと階段を登っていく。
その時には最初のうちは騒がしかった会場内も静まり返っていた。
「汝、日向野風葉は、この女、日生沙耶を妻とし、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、共に歩み、他の者に依らず、死が二人を分かつまで、愛を誓い、妻を想い、妻のみに添うことを、神聖なる婚姻の契約のもとに、誓いますか? 」
かの有名なあの言葉が紡がれる。
「はい、誓います」
風葉のその言葉が響き渡る。
「汝、日生沙耶は、この男、日向野風葉を夫とし、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、共に歩み、他の者に依らず、死が二人を分かつまで、愛を誓い、夫を想い、夫のみに添うことを、神聖なる婚姻の契約のもとに、誓いますか? 」
今度は私にその言葉が向けられる。
答えは、もちろん・・・
「はい・・・誓います」
そう、笑顔で答えた。
「では、指輪の交換を・・・」
その言葉を聞いた時、私はふと考えた。
指輪なんて・・・私もってないよ?
しかし、その考えとは裏腹にしっかりと2つの指輪が運ばれてきた。
席を見回して亜美と目を合わせると、グッと親指を立ててくる。
あのバカ・・・
彼が私にくれたのは、赤いルビーの指輪。
そして、亜美が彼用にと用意したのは、エメラルドだった。
「クス・・・亜美さんらしいね。僕の誕生石を・・・」
そう言いながら、薬指に指輪をはめる。
「では、誓いのキスを・・・」
神父さんのその声と共に緊張が高まった。
人前では初めてキスするわけで、した事ないわけじゃないけど・・・けど~・・・
そうやって考えている時だった。
*
彼女が下を向いてモジモジとしている時を狙って僕はヴェールを上げた。
「あっ・・・」
その声と共に頬が更に赤くなっていく。
それでも、ゆっくりと目を閉じて、体を預けてきた沙耶。
僕も正直恥ずかしい。だけど・・・
『私のお兄ちゃんになってくれるってことは・・・結婚宣言だ~!』
などと言うちょっと強引な言い方だったけど・・・それでも約束は約束だからね。
ずっと待ち続けている彼女の両肩を軽く握り、顔を、唇をそっと・・・
まだ寒い1月のある日の空に鐘の音が高々と鳴る。
その鐘の音はいつか弾いた、あの『練習曲(エチュード)』だった。
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え~っと、月の光と静かなる旋律、「風葉×沙耶」編完結と・・・どうでしたでしょうか?
一応シリーズ化していきたいなぁ・・・と。今のところ予定ではヒロインを亜美、新しく誰かを介入させる形で・・・
それでは、次の更新までさようならっw