人生の中で何事も自分で決めて、上手くいかなくても
《後悔》はないと思っていました。でも、でも………
自分に出来るだけの事はしたと思って《後悔》
はないと思っていたのに……
始めての《後悔》でした!私は申し訳なくて泣いて
しまいました😭😭😭
それは母との事です👵
母は他界して3年になりますが他界前は
《私は何もして貰ってないし》そんな思いもあり
兄が2人も居て、兄達は色々可愛がって貰い
困ればお金まで助けて貰うあり様😰
書ききれない程、色々あり過ぎて、私は
親、兄弟も頼らず自分で決め自分で行動していました!
両親は長男夫婦と2世帯住宅で住んでました
新築にどれだけのお金をかけたか??
私だけは何も聞かされて無かったし、兄達だけ
土地迄貰っていたのすら聞かされてなく
ホントに家族であって私だけ家族でなかった!
だから私は自分の家庭が出来たら親を反面教師に
と思っていましたが、家庭お持っ事に自信もなく
仕事おむちゃくちゃして自営業お設立して
それなりに、お金にも&気持ちにも余裕がと思って
いた頃……
今度は、余り会話は無かったけれど一番の理解者
である父親が他界してしまい……
実家への出入りも段々と遠ざかりそんなある日
母から電話が「通帳の名義」長男の名義に
しないならあ「母にこの家から」出て行けと
言われたと……
私は、兄が二人もいながら両親のお金で新築2回も
建て直し、愛情&お金が無くなりポンコツ&役にたたなく
なった母を捨てる兄達お許せ無かった。
「私に面倒お見て欲しいと言われ」
えぇぇ〜〜テンション⤵️⤵️⤵️
母に抱いて貰った事&手を繋いで貰った事&優しい言葉も
かけて貰った記憶もない、親から離れ「僚にかかる
1ヶ月分の僚代」と小遣いとして1000円お握り
しめ、両親も頼れずに自分の道お開きここまで
来た私に………
私の決断は「母の面倒お見る事」
ただ一言「後悔」したくなく母お見て脱げ柄に
された母お哀れに感じたし、私には捨てる事が
どうしてもできず二人の生活が始まり
1年足らずで私の手を煩わせずして入院して
4年程病院生活になりました。
先の母の事を考え、私に母を預けるのだから
兄弟の縁を切り、母に入るひびたるお金もあてに
しない、私も兄弟に母の事では援助お受けない
条件で兄弟も納得した。
私は、まさかお墓まで兄の名義になっているとも
知らず、母にもしもの事があれば父と一緒の墓に
と思い、お寺に聞いた所「兄の名義なので」許可が
なければ母は父と同じお墓には入れない事を知り
ビックリ〜〜
私は、毎日おきょうが聴ける「納骨堂」を購入
して、父はお墓、母は納骨堂、両親には
心から申し訳なく《後悔》しています
それが私のしたくなかった《後悔》なんです。
母が他界して1年程たった頃に夢に父と母が
仲良く後ろ姿でしたがベンチに座っている
のお見せてもらい少し気持ちが楽になりました。
《後悔》はしたくない思っても振り返れば
あるものですね。
長々な長文最後まで読んで下さり
ありがとうございました。