まだ私が制服のスカートを短くするのを躊躇うような子供だった頃。
美術準備室のベランダ。
CDプレーヤーを聴きながら絵の具を盛り付けたような入道雲を見ていた。
持っていた唯一のCDは椎名林檎の『無罪モラトリアム』だった。
空と初夏の香りに合わせて一番最後に入っている『モルヒネ』をリピート再生して1日過ごした。
私は授業に出ない子で、人間関係が嫌いだった。
どうしたって仲良くなったりとかが出来ないのだ。
複数人でいるのは楽しくない。
1人で空を見ているほうが楽しかった。
ベランダで数学の教科書やら理科のプリントやらを膝に置いて、1日分が終われば昼過ぎに下校する生活。
みんなが帰るような時間に帰るのが嫌だったから。
それなのに一回だけ、18時頃までいたことがある。
うたた寝をしてしまい、気付けば目の前には夕日で燃えた街並みが見えた。
何て素敵なんだろうか。
ベランダの柵に肘をかけてみたら、下に見慣れた男子がいた。
『おい。何やってんだよー!』
彼もまた私に気付いた。
6年も片思いしていたひと。
そうだ。あいつはテニス部だった。
このぐらいの時間まで壁打ちぐらいやっている。
『なんでもなーい。今から帰るー!』
私は応えて、急いで帰る準備をした。
窓の戸締まりはしっかりと。
CDプレーヤーは隠して。
『よぉ』
やっぱり来てしまった。
テニス部に入ってから足も早くなったようだ。
いつも、来るんだ。
『なに?なんなの?』
『べつに』
『はぁ?』
『ちょっと来いよ』
腕を乱暴に掴まれ、また美術準備室に入る。
授業に何で出ないのかとかすぐ帰るのかとか聞かれたが、漠然とした答えしか出せなかった。
面倒くさいという感覚はわからない人にはわからないのだから。
彼は顔を赤くしたまま、私を殴った。
痛いし、腹が立った。
帰ろう。
『帰るね。』
『ちょ…』
『ちょ…』
数秒後に私も同じ事をつぶやいた。
少し汗臭い匂い。
太陽に照りつけられたジャージの匂い。
体温の高い腕。
呼吸の音と、私の心臓の音。
カーテンが引かれていて良かった。
夕日が沈んで薄暗い部屋で青少年にあるまじき行為。
『帰る。これ、ここの鍵』
鍵を押し付けて、廊下を走る。
廊下を走らないように、そんなポスターが見えた。
それでも私は走った。
上履きのまま下校した。
6年の片思いは実ったのではない。
無碍にされたのだ。
レモンみたいにすっぱい記憶にしたかったのに。
告白というステップを飛び越えての抱擁。
悔しさが目から流れ出る。
私のちっちゃなかわいい記憶は、思春期の青さに踏みにじられた。
制服のまま布団に入り、寝た。
付き合うという事が出来る人間だったらよかったのに、と本当に思う。
彼は私なんかを大切にできるタイプじゃない。
私も彼と一緒のことで笑い合える女の子じゃない。
また、涙が流れた。
-私はひたすら唾液を吐き捨てる 密やかな 密やかな 恋に専念しました
驚きなのは
空色のカーテン
私の頬が赤く染まりゆく中で
高らかな 高らかな あなたの声を聞き
私はひたすら目を瞑って昔の 密やかな 密やかな 夢を見続け…-