My Music Memory

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珍妙なニュースの見出しのひとつ。

俳優や芸能人などが『一般女性と結婚』・・・これが笑わせる。

芸能人は一般的に『特殊女性』と結婚するものだが、『一般女性』と結婚したということだろう。

言うまでもないが、一般の対義語は特殊。だから、ニュースの見出しになる。

芸能人が『一般女性』と結婚することは珍しいこと・・・言い換えれば特殊なこと。

しかし、『特殊女性』とは一体どういう人達なのか? 『一般女性』とはその『特殊』区分に入らない人だということは理解できるが。


現在行われている世界陸上をTVで観ての感想二つ。

男子3000メートル障害での出来事。 
レースが佳境に入ってきた中盤のこと、選手の集団を正面から捉えた画面にあっと驚くことが映った。

あろうことか、TVカメラを肩に担いだカメラマンが小走りにトラックを横切ってフィールドに入ったのだ。そしてその瞬間、唐突にCMに切り替わった。

ルールはよく知らないが、レース中にトラックに入っていいのだろうか。それも直前に。
そこで転んだとしたら、障害物競走に新たな障害が生じることになる。悲惨だ。

幾分長く感じたCMが終わり、何事もなかったようにレース中継に戻ったが、解説者はそのことに触れなかった。

女子100メートル決勝。
優勝タイムは10秒76で、決勝進出選手8人中4人が10秒台だった。

1週間ほど前に観た全国中学陸上大会男子100メートル決勝では、優勝タイム10秒79で、決勝進出選手9人中7人が10秒台をマークしていた。

男子とはいえ、中学生のレベルは高い。


世の中には、肩書きで素人を萎縮させて、物を言ったり行動したりしようとする方が沢山いらっしゃる。

大学教授、●×学者、文化人、作家・・・。
小学校教諭、●×研究者、一般人、画家・・・ではダメなようだね。

自分をこういった肩書き付きで名乗らないと誰も相手にしてくれないことをよく知っておられるようだ。

肩書きが人格を現すのだと誤解をされているのかもしれない。
しかし、そんなものは形書きに過ぎない。 カタチだけなのだ。

肩書きは、例えば会社、公的団体、役所などの職責・地位を表す上では必要だ。つまりその人の責任の度合いを示すものなのだ。

肩書きならぬ形書きを振り回す人をよく観察することはおもしろい。そして人をみる目が養われる。


51年前の東京オリンピックでは、劇的な天気が2度あった。

開会式当日の日本晴れ。

前日までの悪天候が奇跡のように回復し、国立競技場上空に真っ青に広がる大空。
そこに飛来した航空自衛隊ブルーインパルス5機がカラースモークで描く五論のマーク。

その美しい光景は、観客はもちろん、五輪をカラーで観ようとあおられた買ったテレビを観ていた全ての日本人の記憶に残っている。

雨中で行われた棒高跳びの決勝。

アメリカと西ドイツの2選手による9時間に及ぶ激闘はもはや伝説として語り継がれている。
他の競技はとっくに終わり照明の落ちた競技場で、棒高跳び場だけが明るく、雨滴が光る。
舞台としては最高だ。

古代ギリシャ・オリンピックは屋根のあるところでやっていたのか?
そんな甘いものではなかったはずだ。

新国立競技場に屋根は一つでいい。青天井がそれだ。


東京オリンピック・エンブレムのデザイン盗作問題が深刻化している。

思考過程が似ているデザイナーなら、似たデザインを考えることもありうるだろうから、一概にパクリとは言えないかも知れない。

そうであっても一旦パクリの疑いをもたれたデザイナーは、自分のプライドをかけて猛烈に抗議しなければいけない。

自分のオリジナルが偶然にも他のデザインと似ていて何故いけないのか、自分の方がずっとよいではないかと自信を持って主張すべきだ。

それができないようであれば、
アイデアを一部いただきましたが、私のセンスで元の作品と同等またはそれ以上のレベルのものに仕上げました。元のデザイナーさんありがとうございます・・・と自信を持って主張すべきだ。


あなたの生活は、以前に比べて楽になりましたか、それとも苦しくなりましたか。

と尋ねられて、

大分楽になりました。

と答える人が居るだろうか。

世の中には、買いたいもの、食べたいものが溢れている。旅行にも行きたい、夏休みももっと欲しい・・・人の心の中は欲望の固まりだ。

その欲望を全て満たすことの出来るほどの収入を得ていない人が、生活が楽になったなどと言うはずがない。永遠に言わない。

欲望の半分が満たされた生活ができているとして、あなたはどう答えるでしょう。 

だから世論調査やアンケートなどの結果は、人の心の中を反映したものではないと理解したほうがいいようだ。




1964年の東京オリンピックで、名曲が二つ生まれた。

東京五輪音頭と東京オリンピックマーチ。

古賀政男作曲の五輪音頭は、当時の大歌手三波春夫と三橋美智也をはじめ多くの歌手が唄って、国民の共感を得ていた。

古関裕而作曲のオリンピックマーチは、選手だけでなく国民までも勇気づけ、熱い思いにさせた。

2020年の東京オリンピックまでに、この2曲を是非復活させて貰いたい。

よその国で行われるオリンピックにもテレビ局がそれぞれにテーマ曲を作って流している。
それは何のためか。

直ぐに忘れ去られる曲で誰が利益を得ているのか。 

古賀、古関・・・二人とも“古”なのだが、曲は古くない。 

2020年に向けて、このエバーグリーンの名曲を全国民が聴けば、オリンピックスタジアム建設もスムーズに進むだろう。


4Dx映画が公開された。

観た人の話では、映画というよりアトラクションに近いということだ。

座席が動き、水しぶきがかかり、風が吹き、カミナリが頭上で炸裂し、料理の匂いがする映画など、もう「映画」とはいえない。

画面に映るのが「映画」だ。映像と音で全てを表現し、観客の感受性や想像力を掻き立てる芸術なのだ。
 
例えば、月や火星を舞台にしたSF映画など到底作れまい。どうやって無重力や気圧のない状態を体感させるのか。

もう限界が見えている。 

無限に広い映像の世界を捨てて目先に走った4Dxなど、私は観に行きたくない。



古いギリシャ映画のテーマ「夜霧のしのび逢い」

海にまつわる歌や曲は直ぐに思い出すことが出来るが、山にまつわるものは少し考えないと浮かんでこない。

日本人なら大概の人が同じだとは思うが、海のない県に生まれ育った人にも尋ねてみたい。

四方全てを海に囲まれた日本は海洋国家だ。
海の怖さ、海の恵み、どちらもよく知っているのが日本人だ。

大音量で音楽を流していた海水浴場がアウトになったのは、いいことだ。

海水浴は海に親しみ、楽しむために行くものだが、下手をすれば命を失う可能性も十分にある。

だから、海をよく知らなければならない。
海に入らないで砂浜で踊ったり酒を飲んだりすることばかりでは海に行く価値がないし、自分の人生にとって損失も大きいと知るべきだ。


千葉県産の落花生を買って食べた。

少量だが値段はいい。輸入ものの3倍だ。しかし、安心感があって食べ過ぎ、吹き出物が出た。

余命が短くなっても、口に入れるものには日頃から注意を心がけている。健康体で死にたいからではない。

食べ物に対する人間としての尊厳を保ちたいからだ。動物じゃないのだから、餌や獲物をあさるような食べ方はしない。

日本人の食生活が悲惨なものに変わりつつあることに留意すべきだ。そのことによって日本人としての心も変化しているように感じる。

自分が昨日食べたものの中身をジックリ振り返ってみると、恐ろしいことに気がつくはずだ。

気が付かない人は・・・。