毒親関連図書・感想文

毒親関連図書・感想文

備忘録が、誰かの役にたったなら…

私が、自分の親が”毒親”であると自覚したのは、37歳の時でした。

苦しんでいる間に、救いを求めるように本を読みまくりました。
同じように苦しんでいる人がいると言う連帯感は、心強さに繋がりました。

今も、苦しんでいないわけではありません。
つらい夢を見て、泣きながら目が覚める夜もあります。

それでも、読んできた本の言葉を思い出して、支えにしています。

いつでも思い出せるように、感想と備忘録を。
書評ではないので、内容とかには詳しく触れません。
本は、自分で読んでこそ身になるモノだと思うので、
あくまでも「こんな本がある」という紹介と、自分が読んだという記録です。

詳しいことはリンク先のAmazonで(^^;

少しでも、共に苦しむ方々の役に立てば幸いです

父の一周忌がくる前に、父母ともに納骨を済ませました。

 

納骨先は宗派の総本山の合同納骨堂です。
お葬式の時にお世話になったお寺の紹介状があれば
総本山への納骨が可能と聞いていたので
両親それぞれの分の紹介状を葬儀の際にいただいていました。

 

葬儀時(もしくはその後の法要時)だけのお付き合いになる
お寺さんでしたので、そういったドライな対応も
逆に頼みやすいというか・・・助かりました(^^;

 

一周忌の法要もせずに納骨してしまいましたが、
母の骨は7年も自宅の押し入れの天袋で待機していましたので
もう、一刻も早く納骨したいというか・・・もにょもにょ(笑)
それでも父の死後、約1年は待ったんですよ。
忙しさに取り紛れたのもありますが、さすがに速攻で
納骨するのは気が引けたので。
命日は6月でしたが、父の誕生日が5月でしたので
誕生日前後の日付で納骨しました。

 

法要をしたところで集まる親戚がいるわけでもなし、
お墓もなければ、家に仏壇すらないわけで。
いつまでも骨壺の状態で家の片隅に置かれているより
総本山で毎日、読経していただける方が
少しは供養になるというものでしょう。

 

納骨を機に、義両親にも葬儀やお墓の事について
希望を聞きましたら、義母が同じ宗派だったこともあり
「お墓もないし、私もお父さんも、総本山でええわ~」と
どうやら同じ所へ最終的に納めることになりそうです。

 

なんなら私達夫婦も、お墓を用意する気はないので
総本山にお世話になるでしょうから、数十年後には
合同納骨堂にて、両家勢揃いになる模様です(笑)

 

あの世で会うかどうかは、別物ですしね。

昨年の6月に父が亡くなり、
子供もいない私には

直系の身内がいなくなりました。

 

そして、私には異父姉とそのお子さん達が
いることが戸籍上、判明しています。

直系卑属はいませんが、傍系血族はいる状態です。

 

つまり、会ったこともない法律上の血縁者に
父や夫の財産が流れる可能性があるわけです。

 

さすがにそれは、いくら法律上はそうだと言われても
気持ちの上で納得がいきません。

 

同じ残すなら、亡き義妹の子供達に残したい。
でも血縁がないから、相続の権利がない・・・

 

なら、遺言を残しておくしかない!

 

と言うことで、ちゃんと法律的に問題の無いよう
公正証書にして遺言を残す準備を始めました。

幸いかかりつけ銀行に遺言信託サービスがあったので
そこに乗っかることにしました。

 

まぁ、夫が私より一分一秒でも長生きしてくれれば
自動的に姪っ子達に行くんですが
こればっかりは、何があるかわかりませんから

やれることはやっておこう、と。

 

異父姉たちは、母の相続の際に

相続放棄をしてくれているので
私の時に相続を希望するとは思えませんが
時間が経てば状況もかわりますからね。

そちらの可能性は潰しておきたい。

 

異父姉がいなければ、自筆遺言でもいけたかもと思うと

ほんとに最後まで手間かけさせる母親だな、と
そんな風にしか母を思い出せません。

 

亡き後も疎まれる存在・・・それが「毒親」なのかも知れません。

 

 

目次を読んだだけでも、コレは良い本だと思ったが、
実際に読んでみて、これほど自分の親に読んで欲しかったと
思う本は今までなかった。

 

子育て中の親御さんに、ぜひ読んで欲しい。

 

実際に、犯罪に至ってしまった少年・少女達からの
聞き取りを元にされているので、どうして彼らが
犯罪に至る道へ進んでしまったのか、

親の「何が」彼らをそこへ追い込んでしまったのか、
事例があるので理解も及びやすい。

 

ただ、本の中に出てくる「内観療法」については
私自身も一時期、試みたが、向き不向きというか
内観療法を行える心の時期というのがあるように思う。

少なくとも、私が試みた際は時期が悪かったのか
内観に至るどころか、心理状況が悪化したので
カウンセリングにかかる方が効果があった。

 

本に書かれているからと、何でも試すのではなく
自分の心理状況も考慮して行って欲しい。

 

 

 

訳本なので、文化の違いから少ししっくりこない部分もあるが
チェックリストなど、自分や親を客観的に捉えるのに
参考になる部分は多い。

 

特に『毒親』というセンセーショナルな言葉よりも
『精神的に未熟な親』という表現は、よりどんな親の事を
言うのか、理解しやすい言葉だと思う。

 

親が自分を生んだ年齢を遙かに超えた今の自分も

決して自慢できるほど「大人」ではないが
少なくとも当時の親ほど未熟ではないと思えるし、
なにより、自分より幼い存在に対して、
あのような言動を取れること自体が驚愕に値することなのだと

自分の親が、どれほど「精神的に未熟だったか」ということが
改めて良くわかってきた。

 

「私」だったから、酷い扱いを受けたわけではない。
『私以外』が生まれていたとしても、あの親だったら
多少の違いはあれ、同様に子どもを苦しめていただろう。

 

『あの母だったから』、あのような態度だったのだ。

 

 

 

 

著者の体験が元のノンフィクション

 

時系列的に多少、交錯するところがあるので
「あんなに大変だった時期に、こんなことを?」と
引っかかる部分が無いわけではないが、
それだけ虐待の記憶は強烈であるがゆえに
色で言うなら『濃く』描かれ、それ以外のことが
『薄く』感じる書かれ方をしているのだと思う。

 

タイトルにもあるように『捨てる』事にこだわっている部分も
大きいように思う。

 

関わりたくないなら、捨てるしかないのだろうか?

 

『捨てる』 意外にも道はある。

 

『離れる』

『放棄する』

『諦める』

『手放す』

 

・・・『忘れる』

 

たぶん、私達は『忘れたい』のだと思う。
母など、最初からいなかったかのように。