これは、私が二十歳の頃に描いた絵だ。
この絵は、私が生まれて初めて外国へ行った時の、旅のイメージを描いたものだ。
私が生まれて初めて行った外国・・・・それはインドだった。
「なぜ、インドなの?」
ほとんどの人がそう訊く。
1970年半ば頃、インドはある一部の人々の間では聖地だった。
なぜ、インドが聖地だったのか?
それは、当時、一部の若者達の間で密かなブームだった精神文化の世界の出発点だったからだ。
ヨガ、瞑想、聖者・・・・
それは、私にとっては独特の崇高な響きをもっていた。
つまんない自分だけど、インドへ行けばもしかして「悟り」が開けるかもしれない・・・・
悟りがどんなものかも分からないまま、精神世界の聖地へと私は旅立った(笑)
1973年12月、羽田空港(当時は成田空港はまだできていなかった)を飛び立った飛行機は、約10時間かけてインドのボンベイ(当時の地名)に到着した。
時間は夜の11時を過ぎていたにもかかわらず、空港のロビーには大勢の子ども達が私達を出迎えた。
えっ?! いったい何の歓迎式?
などと思った私は、自分があまりにも世間知らずだったことを、次の瞬間に悟った。
空港で私達を出迎えた子ども達は、いっせいに手を差し出した。
「バクシーシ!」 「バクシーシ!」 「バクシーシ!」
子ども達は、外国からやって来る観光客目当ての物乞いだったのだ。
今の言葉で言えば、ストリート・チルドレンというのだろうか。
ホテルに向かうバスの中で見た光景・・・・それは、街にあふれる路上生活者たちの姿だった。
道路わきにテントや板で作った粗末な「家」が並び、煮炊きする煙が立ち上がり、小さな子どもを抱いた女性が座り込んでいる。
インドの街には、物乞いがあふれ、私達はどこに行っても、彼らに囲まれた。
凄まじいまでの貧困がそこにはあった。
最初は、貧しくて汚い国・・・と思っていたが、次第にインドの持つエネルギーに圧倒されている自分に気付いた。
街にあふれる物乞いの子ども、この子達は小さな手を差し出して、家族の糧を稼ぎ出しているのだ。
街を歩いていると、インド人達が大人も子どもも、見ず知らずの私に人なつこく話しかけてくる。
どこへ行くの? 何をするの?
そして、よくしゃべる。うるさいくらいまとわりつく。
日本じゃこんなことあり得ない。
他人の事なんてどうだってよいじゃないか!
それなのに、いちいちうるさく尋ねてくる。
しかも、現地語でだよ・・・・・何言ってんのか分からないし!
カンベンしてよ、もう~~~!![]()
と、次第にイラつくする私。
しかし、祖国を遠く離れた旅路で、人なつこい笑顔に癒されることもある。
ところが、うっかり気を許すと、欲しくもない物をとんでもない値段で売りつけられてしまう・・・・![]()
![]()
そしてタクシーの運賃はごまかされるし、買い物すれば10倍くらいの値段を吹っかけられるしで、バトルを繰り広げる日々が続く・・・・![]()
神秘の国インドへ行ったら、瞑想して悟りを開くんだ~~~!![]()
と、意気込んで来てみたけど、悟りどころか、些細なことでインド人とバトルっている毎日だ。煩悩だらけの旅だった。。。。![]()
しかし、インドは俗世界かといえば、そうではない。
街の至る所に、神様が祀られていて、お寺がたくさんある。
インド人は信心深い。
街で観光客を騙して小銭を稼いでいる人達も、神様の前ではきっと敬虔な信者になるのだろう![]()
貧困と、渦巻くエネルギーと、わけの分からない神秘的な雰囲気・・・
インドで見たもの、出会ったものすべてが未消化の状態で心の中に収納されて、約1ヵ月後私は日本に戻って来た。
ガイドブックにあるような神秘的なインドはどこにもなかった・・・・・
いや、そうではない。
すべてが神秘の中にあったのかもしれない。
埃っぽい田舎道を、頭に大きなカゴを乗せて歩いていた小さな女の子・・・
私が、インドから帰って描いた絵だ。
あれは、人生の入り口で、途方に暮れている私自身だったような気がする。
インドに行って、私の何が変わったか?
悟りが開けたわけじゃない。
でも、私の本当の旅は、インドから始まったと、今でもそう思う。

